2500mもの水深を有する駿河湾は、日本に生息する約2300種の魚類のうち1000種が棲む豊かな海。そこへ流れ込む富士の雪解け水はまた、この地域に豊かな農作物を育んできた。そんな沼津の海山の幸を北嶋靖憲さんが料理し、交友のある浜田岳文さんをもてなした本企画。料理から見えてきたものとは?
駿河湾を抱く沼津漁港を擁し、温暖湿潤で複雑な地形をもつ沼津エリアは食材の宝庫。その多彩な食材から、北嶋さんがコース最初の品の主役に選んだのは『すその銀杏』だった。富士山麓で育つギンナンは驚くほど大粒で、栽培技術の確かさを物語る。
「『湯葉の冷たい銀杏餡掛け』です。ギンナンをどうおいしく食べるかを考え、潰してペースト状にしてみました」と北嶋さん。ギンナンのでんぷん質を生かし、クズを使わずあんにして、湯葉と粒のギンナンにかけている。
「とろみがしっかり出ていて味わいも濃厚ですね。日本の野菜はよく言えば繊細で味が淡いけれど、このギンナンは個性がしっかりあって力強い」と浜田さんも気に入った様子。
鎌倉に店を構える北嶋さんは日々、相模湾の魚介を使っている。今回は駿河湾の魚とどう異なるのか、それを検証することも楽しみにやってきたという。相模湾の隣に位置する駿河湾は、南アルプスから流れ込む富士川や大井川、富士山の雪解け水と合流する天城山系の狩野川など、多くの河川が流れ込む栄養豊富な海。急勾配の地形を持つ日本一深い湾には、黒潮系、亜寒帯系、太平洋の三つの海洋深層水の層がある。その恩恵を受けた大ぶりなタチウオが、この日も沼津港から揚がってきた。北嶋さんはそれを香ばしいおかき揚げにして提供。「タチウオは、それが持ち味ではありますが若干水っぽさを感じることがあります。でもこのタチウオは全くそんなことがなく、身が締まって風味豊かですね。そこにおかきの香ばしさやイチジクのほのかな甘味、酸味をほどよく加えたところも良かった」と浜田さん。北嶋さんもこのタチウオのポテンシャルは高いと頷く。そして相模湾と駿河湾の魚の違いを大きく感じたと、話す。
「昨日も地元のアジを料理したばかりですが、相模湾のアジとは風味が全く違って面白いですね。駿河湾のアジにはのびやかな旨みの余韻のようなものがあって、海そのものが持つ豊かさを感じます」。そのアジはなめろう丼にし、最後にお茶をかけるという趣向に。
「腹の部分がおいしいので大きく切って加え、嚙みしめた時の直感的な旨みを出しました」と北嶋さん。「青魚は臭みがでやすいですが、これはお茶で熱が入っても臭みがない。やはり鮮度がいいからですね。これこそ港がすぐの沼津で食べる価値がある」と浜田さん。土地の気候や地の利を生かした食材と調理法に沼津の食の可能性を感じたと、言葉を継ぐ。国内外の美食を発信する浜田さんにとって初探訪となった当地での食体験は、発見に満ちたひと時になったようだ。
浜田岳文(はまだ たけふみ)
株式会社アクセス・オール・エリア代表取締役。1974年、兵庫県生まれ。食領域のアドバイザーを務めるほか地方のレストランに光を当てる「The Japan Times Destination Restaurants」の創設に携わり、2024年6月初の著者『美食の教養 世界一の美食家が知っていること』を上梓。
北嶋靖憲(きたじま やすのり)
「鎌倉 北じま」店主。1982年、神奈川県生まれ。京都・和久傳の門をたたき、室町和久傳、高台寺和久傳、京都和久傳で16年間研鑽を積む。系列店「丹」の料理長を務めた後、出身地・鎌倉で自身の店を開業。
【取材協力店】
狩野川を一望する創作料理店
蓮.TETSU
静岡県沼津市上土町12 東方ビル2F
TEL 055-962-7160
12:00〜L0 13:30、17:30〜LO 22:00
日休
雄大な狩野川を望む空間で、地元出身の和の料理人・伊藤哲也氏が腕を振るう。静岡はもとより全国から最上級のうまいものが届くおまかせコースはオーダーメイドも可。2階はカウンターの「TETSU」、3階はテーブル席の「蓮」と2つのシチュエーションを使い分けられる。
問い合わせ先
沼津市産業振興部観光戦略課
TEL 055-934-4747
text: Jun Okamoto photo: Yoshiko Yoda