野菜の食べ時を先入観なく見出し、個性が協奏するシンプルな皿に ヴィラ アイーダ 小林寛司 25年6月号


“農園ガストロノミー”という新ジャンルを築き、リードする一人として、国内外で野菜料理の魅力を説くことも多々。年間300種の野菜を育てながら独自の道を拓き続ける小林寛司さんが、今描こうとする野菜料理とは。

「冬の名残と春の気配が重なった今日の気候を映しています」と小林さん。取材に訪れたのは、冬のように冷え込んだ3月半ば。最初に登場したのは、新タマネギが主役の美しい一品。グラスの底で煌めくのは、冬の間に仕込んだベルガモットのジャム。その上に漬けたばかりの新タマネギのピクルスを重ね、咲き始めのスミレの花で彩りを添えている。続く温前菜は「ホウレンソウのお浸しです。身体が温まるので」。肉厚なホウレンソウは、そのまま温かい地に入れて優しく火入れ。シャキッとした歯切れよさと共に訪れるのは、濃厚な貝の旨み。その秘密は地の鶏コンソメにあり。サザエの肝を鶏コンソメで優しく温め、複雑な旨みと香りだけを密やかに移すとは、何ともスマートだ。

新玉ネギ ベルガモット 
パルミジャーノ・レッジャーノ

昆布入りのピクルス液に漬けて旨みを密かにのせたシャキシャキとみずみずしい新タマネギのピクルスに、ベルガモットジャムの爽やかな甘味とパルミジャーノの塩気を合わせた一品。冬と春の境がテーマ。コリアンダーシードのピクルスやディルの花のピクルスの穏やかな香味が、品のよいアクセント。特に相性がよいという長年の経験則から、ピクルスに昆布を使うのは、新タマネギだけに限っているそう。

緻密に構築された、ミニマルな仕立て。畑を耕しながら野菜料理を追求して25年以上。農園ガストロノミーとして世界に名を響かせる小林さんの料理は、鋭さがありながら、その味わいは温かくて優しい。

ホウレンソウ サザエ
「一番味がのる2月前後にお出しすることが多いのですが、立派に育っているのがあったので」と、食べ頃とこの日の気温を配慮して登場した、洋風ホウレンソウのお浸し。見た目はこの日一番の素朴さながら、目には見えないようサザエの旨みを忍ばせた想定外の鶏コンソメがインパクト大。サザエの肝の苦味よりも、身と肝が持つ旨みと香りだけを移す贅沢な手法で、ホウレンソウを主役に立てたまま、底味をグッと上げて食べ応えを出している。

自家栽培を最大限に生かす旬の捉え方と描き方

「都会のレストランと同じことをしても、誰もここまで来てくれません。“アイーダにしかできないこと”を探し続けています」と小林さん。近年から野菜やハーブをほぼ自家栽培に切り替えたことも、その一環。いつでも何でも手に入るわけではないし、自己流の手入れも多々で完璧ではない。しかし、それゆえかえって表現の幅は増したと語る。
「今朝がた畑のナスタチウムを見たら、ワサワサと葉が5cm以上まで育ち茂っていたんです。厚みが出て食感も強いのでフレッシュであしらいにするには厳しいけれど、若葉に比べて香りが桁違い。味も酸味もギュッと濃い。これをどう生かそう、と考え始めます」

量はある。ならばスロージューサーにかければ、生のままでも食感が口に障ることなく味と香りを最大限に楽しめると思いつき、元気なナスタチウムは生き生きとした前菜へと変身を遂げた。味付けは、わずかな塩だけ。盛り合わせた揚げヨモギ餅に負けない力強い辛味と青々しさが、「畑の隣の厨房」の豊かさと大らかさを鮮烈に物語る。「ブロッコリーは薹が立つまで放っておくと、甘味は減りますが野菜らしい香りが出てきて、甘味が要らない料理に役立ちます。ダイコンは花が咲いた後にサヤが出来て、そこから種を採るのですが、そのサヤも火を通すと中の豆がホクッと甘くなっておいしい。成長段階を自由に選べる環境にあることで、僕ならではの旬をとことん突き詰められる。どれも、農に携わる者の特権です」

ナスタチウム ヨモギ
搾りたてのナスタチウムのジュースを器に入れ、オリーブ油で揚げたヨモギ餅、ナスタチウムの葉を盛る。味付けは塩のみ。ヨモギは、清々しい香りとほのかな甘さ。ナスタチウムは、西洋ワサビをさらにシャープにしたようなピリッとくる辛味と、ほのかな酸味。これらが爽やかに絡み合い、揚げ餅のサクモチっとした食感、香ばしさに釣り合う強さで風味を主張。和洋の“青の香り”溢れる、目の覚めるような一品だ。

採れ過ぎたら、たとえばキャベツでも何でも丸ごと焼くなど大胆な挑戦をしてもいい。根菜も果菜もピクルスやオイル漬け、炭パウダーなど保存が利くものに作り替えてもいい。食べ頃はいくらでも作れるのだ。

小林さんが長年の畑仕事を通して見出したのは、旬に対する先入観や既成概念をリセットして、野菜の新たな可能性を拓く楽しさだ。けれどそれは、一朝一夕に叶うことではない。スプラウトから若葉、未熟、成熟、完熟、過熟、果ては種採りまで。野菜の成長を絶え間なく見守り続けてきた膨大な経験と知識、独自の旬を捉える着眼点、柔軟な発想力。長年かけてそのすべてを兼ね揃えた今の小林さんだからこそ成せる表現だ。

作りたてをまっすぐ届ける方が素材の“熱”は伝わる

繊細な旬の見極めは、調理法にも影響している。「素材に加える調理の手数を減らし、素材を皿の上で重ねることで奥行きと深さを作ります。この時、それぞれの野菜をしっかり感じるバランスに仕立てるのが大事」。なお一皿で重ねるのは、基本的には3〜5要素にとどめているという。

葉タマネギ 根セロリ ヒラメ
魚料理だが、どちらかというと野菜が主役。バターでソテーしたヒラメを覆うように、茹でた葉タマネギとプチヴェール、根セロリのスライスを重ねる。白い泡はラタフィア(甘口酒精強化ワイン)とバターを使った芳醇なブール・ブラン。塩ライム、辛子と酢入りのフロマージュブランのほか、ライム、コリアンダー、そしてタマネギの皮を炭にして混ぜ合わせた自家製ミックススパイスを隠し味に。

素材に加える手数を削ぎ落すぶん、“適切か”をとことん吟味するのも大切。「気温は冬並みだけれど、日差しには春の暖かさがある。ダイコンはただ寒い真冬ならじっくり煮込みますが、こんな日は軽く茹でるぐらいがおいしく感じます」と浅めにゆがき、ほっくり感と根菜の香りを残す火入れに。ダイコンそのものに味は入れず、和辛子とビネガーを加えたフロマージュブランや塩柚子を薬味に添える。一方、辛味が強く硬質な黒ダイコンは、薄切りにしてピザに。400℃の高温、短時間で焼き上げると辛味がやわらぎ、奥にある甘味が前に出る。「軟水の土壌で育った日本の野菜は、旨みが豊か。火入れだけで味を構成できる強みがあります。加えて、野菜は未だ知らないものがあるほど種類豊富。いつまでも新しい味に挑戦できるのが、野菜料理に飽きない理由ですね」。

大根 根パセリ 柚子
それぞれ軽く茹でただけのダイコンと根パセリに、和辛子の辛味とブレンドビネガーの酸味をきかせたフロマージュブランや塩柚子を薬味的に添えて。オレンジ色の根菜はビーツのピクルス。塩柚子を合わせれば、ダイコンのほっくりした甘味が際立ち、どこか風呂吹きダイコンを思わせる和のニュアンスになる。あしらいのオゼイユにもスプレーしているブレンドビネガーはシェリービネガーと自家製柿酢を同量合わせたもので、ピクルス作りにも使用している。

要素を最小限にすると、料理を仕上げるスピードもアップする。「目の前で焼き上がるピザの味は格別でしょう? 時間をかけて飾るより、作りたてをまっすぐ届ける方が素材が持つ“熱”は伝わるんです。それに、季節の野菜の苦味や酸味、甘味はその時期に人が必要としているもの。これを鮮やかなまま届けるのが、食べた時のおいしさに一番繋がるんだろうな、と最近は思っています」

黒大根のピザ
ナポリタイプのピッツァ生地にごく薄切りの黒ダイコン、パルミジャーノ・レッジャーノをのせて400℃で焼成。仕上げに黒コショウをたっぷりふってダイコンの甘味を引き立てる。3日間熟成させた厚焼き生地はもっちりふわふわで、火が通りながらもシャキシャキ感が楽しい黒ダイコンとの食感の対比が印象的。短時間高温に晒して引き出された、ダイコンの風味もインパクト大。

その一方で下準備は徹底。「朝採った野菜やハーブは洗い、使う順に細かく分けてバットに並べておくとか。細かいけど基本です」。畑の素材を生かしきるピクルスやジャムなどの保存食も、アイーダらしい料理を段取りよく作る下準備の一つ。随所にさりげなく使う、旨み豊かな柿酢も実は自家製。見えないところでかけられている丁寧な時間が、料理に深さを生んでいる。

毎朝畑で収穫。その日に使う野菜、ハーブを摘み取り厨房へ。
冬は根菜が多彩。切れ端を保管し、ちょっとしたあしらいなどに活用。
朝収穫した野菜は洗い、使う順に丁寧に並べておく。

開業から27年、一時は宿泊設備を備え、改装は思いつく度に何度もした。客層も客席数も変わり、マダムの有巳さんと2人だけの営業でも無理のない形をと、1日1客に限定して6年が過ぎた。「エスプーマやテクスチャー剤を駆使した料理に手を出したり、物珍しい野菜を育ててみたり。その度に迷ったり突き抜けたりして、1周どころか3周ぐらい回っての今です。ようやく肩の力が抜けてきましたね」と吐露する小林さん。寄り道や遠回りもしたけれど、これまで費やした時間と労力は何一つ無駄にはなっていない。

フキノトウ 豆腐
茹でたフキノトウで作るグラニテと、フキノトウのアクが溶け出た茹で汁をとことん煮詰めて作るシロップを、みりん粕に2日以上浸け込んでねっとり仕上げた豆腐と共に。グラニテだけだと苦味と香りがはるかに際立つが、豆腐と合わせて口にすれば、鮮烈な香りを豆腐のまろやかな旨みが優しく包み込む。凝縮感あるシロップは全体の引き締め役。3月、春の訪れを告げる一品として料理の締めに出す。

シンプルな佇まいの中に力強さと説得力があるのは、豊かな経験を生かした研ぎ澄ましを経ているから。のびやかな感性と理論が両立しているから、小林さんの料理には、まぶしいまでの個性があるのだ。

やりたいことを模索し続け、気付いたら「地方で畑をしながらガストロノミー」の開拓者になっていた。今では同じ道を目指す若いシェフにアドバイスを求められることも多い。

小林 寛司(こばやし かんじ)
1973年、和歌山生まれ。『ドン・アルフォンソ1890』などで約4年修業し帰国。98年に実家の畑の一角に「アイーダ」を開く。「ミシュランガイド京都・大阪+和歌山2022」では二つ星とグリーンスター。「アジアのベストレストラン50」のランクイン、海外でのコラボレーションや学会登壇も多数。

ヴィラ アイーダ
和歌山県岩出市川尻 71-5
不定休

text: Miho Kawashima Photo: Gorta Yuuki

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