Kフードの次章、勢いづく韓国ガストロノミー戦略


今年もこの季節がやって来た。まもなく(2026年3月25日)開催される「アジアのベスト50レストラン」授賞式。今年の開催地は香港だが、今やアジアにおける“ガストロノミー戦略”の手本となりつつあるのが昨年・一昨年の開催地ソウルと韓国だ。この記事では、ソウルにて授賞式を成功させた背景にある政策と現場の動きを、世界のガストロノミーに詳しい江藤詩文さんが現地取材から伝える。前編の今回は、ベースとなる政策と授賞式についての紹介と考察。

2025年10月中旬、韓国の南西部「全羅南道(チョルラナムド)」を中心に地方の魅力を紹介するプレス旅行が開催された。対象は、九州地方のメディアだ。

アワードにランクインするレストラン数でも韓国が追い上げ

韓国の首都、ソウル市は「グローバル美食都市」を掲げ、「世界のベスト50レストラン」のアジア地域版である「アジアのベスト50レストラン」授賞式を、2024年、2025年と2年連続で開催した。これにより韓国の、世界のフードシーンにおける美食デスティネーションとしての知名度は急上昇。「ソウルこそアジアの美食都市」と宣言すべく、次は「世界のベスト50レストラン」授賞式の誘致に取り組んでいる。

(C) The World’s 50 Best

「アジアのベスト50レストラン」が始まって14年経つが、その間、アジアの美食地図は様変わりした。この波にまず乗ったのがバンコク。2025年に50位以内にランクインしたレストラン数は、国別に見ると日本が11軒と最多だが、都市別に見るとバンコクは9軒で東京に並んでいる。

そのバンコクを凌駕する勢いで成長しているのがソウルだ。50位以内には4軒と、まだまだ日本と差があるものの、「近い将来ランクインする」と言われるエクステンションリスト(51位~100位)には日本と同数の6軒がランクイン。アワード開催地のアドバンテージが、2年を待たずにすでに反映されている。

ソウル開催「アジア50」授賞式を最大に生かした計画

「アジアのベスト50レストラン」授賞式は、韓国の農林畜産食品部(MAFRA。日本における農林水産省とほぼ重なる)、その外郭団体である韓国食品振興院(KFPI=韓国の食文化を国内外に広めるために設立された非営利団体)、そしてソウル特別市の三者がタッグを組んで誘致した。

なぜアワードを誘致したのか。参加者の視点では、ランキングの発表を知りたいだけなら、英国に本部のある「ベスト50レストラン」によるリアルタイムのオンライン配信を確認すればいい。それなのに国内外から1000人規模の関係者がわざわざ授賞式に足を運ぶには理由がある。

(C) The World’s 50 Best

ここに来ればアジアのガストロノミーを牽引するシェフやレストラン経営者、ジャーナリストに会える。効率よく関係性を結び、強め、活発な情報交換にも参加できるのだ。

ソウル開催の授賞式においては、この場のこうした特質を、韓国の食とガストロノミーの世界的インパクトを高めるために、これまでの開催地とは桁違いなほど最大に活用していた。

そのベースには、以下の3つの方向性がある。

  1. 美食を世界発信したうえで、伝統的食文化を伝える「K – ヘリテージ」
  2. 韓国の「今」も「次世代」もインスパイアするコラボレーション
  3. 「シェフ」「メディア」「公的機関」が連携した「三位一体」体制の強さ
    *便宜上、料理人やソムリエ、サービス、経営者などをひっくるめて飲食業界全体は「シェフ」、インフルエンサーやフーディーを含む発信者は「メディア」、国や自治体、非営利団体などはまとめて「公的機関」と記載する。

ひとつずつ説明していこう。

1)美食を世界発信した上で、伝統的食文化を伝える「K – ヘリテージ」

ほんの十数年前まで、日本で「韓国料理」といえばB級グルメが定番だった。世界的に見ても、韓国料理をモダンなオートキュイジーヌとして発信していたのは「ジョンシク」(ニューヨーク店はミシュランガイド三つ星、ソウル店は二つ星)をはじめ、ほんのひと握りだった。

大きく方向を変えたのが、2020年から公式にスタートしたソウル市公認の美食ガイド「Taste of Seoul」。伝統的な韓国料理に限らない「韓国の今のフードカルチャー」を「K – キュイジーヌ」として掲げ、西洋料理はもちろんプラントベース、バーやパブまで、さまざまなジャンルから計100店を選んで掲載している。

Taste of Seoul ホームページ(英文)
https://tasteofseoul.visitseoul.net/?language=eng

日本の自治体が作成する「飲食店リスト」は、公平性を重視し、掲載を希望したすべての店が公平に五十音順やエリア別に並ぶケースが多いだろう。一方「Taste of Seoul」はソウル市が公認というかたちで100店を選出し、しかも各ジャンルから「その年にもっとも注目すべき店」が1軒選ばれる。旅行者側にはわかりやすくありがたいが、自治体としては大きな勇気であったはずだ。

このように、「Taste of Seoul」ではB級グルメだけではない、世界レベルに達しつつある韓国料理を「K – カリナリー」「K – キュイジーヌ」と名付けて発信し、まずは世界の土俵に乗せた。そんな彼らが現在力を入れているのが「K – ヘリテージ」だ。2024年にユネスコ無形文化遺産に登録された「醤造り文化」を筆頭に、発酵食や保存食といった伝統食のプロモーションである。

(C)EVETT

前述したキ・スンドさんは、いわばそのシンボル。ソウルでの「アジアのベスト50レストラン」期間には、関連イベントとして、次のスターとして注目される一つ星シェフであるカン・ミンチョルさんと、韓国料理をモダンに再構築するレストラン「ギワ・カン」でコラボレーションイベントを開催した。

また、韓国の食文化に魅了され、ソウルにレストランを開いたオーストラリア人シェフ、ジョセフ・リッジャーウッドさんが手がける「エベット」(二つ星)では、「醤」の体験イベントが開かれた。

韓国には、2022年に「アジアのベスト50レストラン」の「アイコン賞」を受賞した尼僧チョン・クァンさんがいて、すでに世界的な知名度を誇る。キ・スンドさんと並べば、強いビジュアルの説得力もあり、「K – ヘリテージ」は一気に拡散されるだろう。

チョン・クァンさんとキ・スンドさんは世代も近く親交があり、昨年12月にはパリでコラボレーションイベントを行った。この速さも韓国の特徴だ。

2)韓国の「今」も「次世代」もインスパイアするコラボレーション

「アジアのベスト50レストラン」の関連として開催されるスターシェフのコラボレーションといったイベントは、公認(オフィシャル)と、非公認(アンオフィシャル)の大きくふたつに分けられる。

なかでも印象的だったのが、日本のシェフたちが関わったふたつのコラボレーションだ。

ひとつは移転新オープンした「ソルバム」(ミシュランガイド一つ星、アジアの50ベストレストラン55位。以下同)が会場の、アンオフィシャルのイベント。

参加シェフは、東京「フロリレージュ」(二つ星、17位)川手寛康さん、ソウル「イータニック・ガーデン」(一つ星、25位)ソン・ジョンウォンさん、そして舞台となった「ソルバム」のオム・テジュンさん。実は、2024年にもまったく同じ顔ぶれによるイベントが開催されていた。実力と勢いのあるシェフたちによる豪華な6ハンズだ。

シェフ同士に交流があり、一年をかけて丁寧に作り込まれたこの年のメニューは、お互いの文化をリスペクトする思いが表現され、完成度が高いものだった。

「尊敬する川手さんとまた料理ができるなんて嬉しい」と言う二人の韓国人シェフの言葉を受け、川手さんは「そう言っていただけるのは光栄ですが、僕自身も学ぶことがたくさんありました。韓国のトップシェフたちの技術力や表現力は、年々進化していると思います」と語った。

もうひとつはメディアと公的機関がリードして、「レストラン・アレン」(二つ星)で開かれた、オフィシャルイベントとしての8ハンズだ。

参加者は、日本、香港、韓国のシェフ。日本からは、東京「クローニー」(二つ星、30位)のソムリエ/マネージャーの小澤一貴さんとシェフの春田理宏さん、金沢「レスピラシオン」(二つ星)のシェフの梅達郎さんと八木恵介さん。

香港からは、「アンドー」(一つ星・41位)のアグスティン・バルビさん。そして地元ソウルから、「レストラン・アレン」のアレン・シューさん。

この座組みは、アジア50にすでにランクインしている「クローニー」と「アンドー」の2軒が、“これから”の「レスピラシオン」と「レストラン・アレン」を迎えるかたちとなった。つまり韓国のメディアと公的機関は、「レスピラシオン」と「レストラン・アレン」をランクイン間近とみなしたのだろう。

実際一年後の現在、「レスピラシオン」はエクステンション(51位~100位)にランクインした。「レストラン・アレン」はランクインこそ逃したが、韓国スターシェフの一員として香港でのイベントに出演を予定。ランカーの先輩たちの助けを受けながら、引き続き世界にアプローチしていく。

ソウルでのこのイベントでは、クローニーの春田さんは韓国産の食材をセンスよく取り入れつつ、メイン食材にはあえて日本から「大瀬戸伊佐木」(大型で高品質の養殖イサキ)を持参。日本の生産者の技術や情熱をあますところなく表現した。

サービスの小澤さんも、流暢な英語を使ったペアリングのプレゼンテーションはもちろん、スマートな立ち居振る舞いやコミュニケーションでゲストを魅了。一方、金沢のスペイン料理店「レスピラシオン」はメニュー名に「Noto(能登)」を表記し、押しつけることなくゲストに能登への思いを促した。

このように公式・非公式ともに、たんに国外の有名シェフを自国のシェフと組み合わせるのでは“ない”姿勢が印象的だった韓国でのイベント。

意図のある繋がりを提案したり、シェフ同士の息の長い交流を応援する姿勢があれば、協力体制は継続的なものになるだろう。より多くの韓国シェフたちが世界に目を向け、先輩シェフたちにインスパイアされる仕組みができつつある。

3)「シェフ」「メディア」「公的機関」が連携した「三位一体」体制の強さ

韓国で非常に驚いたのが、速い情報伝達力。その背景にあるのが、「シェフ」「メディア」「公的機関」の「三位一体」による動きだ。

たとえば、ソウル市は一般市民にもガストロノミーを体験してもらおうと「Seoul Table」というトークセッションと試食からなるイベントを2回開催する計画を立てた。

このイベントは、「ミングルス」(三つ星・5位)のカン・ミングさんが指揮を執った。そこに、ネットフリックスで配信され世界的にヒットした『白と黒のスプーン ~料理階級戦争~』出演シェフを中心に、次世代のガストロノミーを担うシェフ、カジュアルなダイニングで人気のシェフなどを集め、韓国の「シェフ」の層の厚さを示すことを目的とした。

ただしこのイベント概要の発表が遅かった関係で、有力メディアやインフルエンサーの多くがすでに同時刻の他のイベントに参加予定であり、このイベントに足を運べないことが判明。

その状況を察知したカン・ミングさんは急遽、メディアと協力して、ディナーイベント終了から参加できる夜遅い時間に「Seoul Night」と名前を変え、幅広いソウルのシェフたちを紹介するイベントを設定。こちらも「Seoul Table」と同様、ソウル市がサポートした。

「Seoul Night」では、どのようにすれば世界のジャーナリストやインフルエンサーたちの関心を惹きつけ、応えられるか、カン・ミングさんをはじめとする世界を知るシェフたちやメディアが現場で細かく指導する姿が見られた。

さらに他の場面では、英語でのコミュニケーションが難しい韓国人シェフを、英語が堪能な韓国人ジャーナリストがサポートしたり、国外からのジャーナリストやインフルエンサーが通訳とともに韓国人シェフに同行するプログラムを設け、韓国のフードシーンを世界に向けて可視化・拡散。こうした活動を、公的機関がサポートする連携が随所に見られた。

また、2024年は、アワード前後のパーティの企業ブースではワールドスポンサーがメインポジションを占めていたが、2025年には大韓航空や辛ラーメンといった韓国企業がその位置に。

さらに、韓国人シェフが料理を振る舞うブースも大きなスペースを確保した。これもまた韓国側が三位一体となって「ベスト50」本部と交渉した成果だと聞く。

連携次第で、日本の食は世界でもっと実力を発揮できる

さて、韓国ガストロノミー躍進の背後にある強みを3点に絞って述べてきた。これを日本の現状と比較すると、何が見えてくるだろうか。

実際のソウルの食の現状を体験すべく、2025年版「アジアのベスト50レストラン」にランクインした4軒、ならびに51~100位のエクステンションリストに入った6軒をすべて訪れて食事をした。そこで実感したのは、やはり日本のレストランのレベルは高いということだ。

ひいき目ではなく、日本のレストランを構成する要素——料理人はもちろん、ソムリエやサービスなど運営を担うチーム、インテリアやテーブルウェアを手がけるアーティストや職人、そして日本が誇る生産者——はいずれも、世界でもっと高く評価されるべきだ。

ところが日本では、とくにガストロノミーの世界では、レストランは大企業経営より個人経営が多い。料理人たちは資金的な援助など何もないまま、それぞれが私的な努力を積み重ね、国際的に「世界一」と評価される現在のフードシーンを築いてきた。

見方を変えれば、日本の公的機関やメディアは、シェフたちをいわば単身で世界の舞台に送り出し、戦わせてきた。韓国が前述の三位一体を背景に戦略を組み、国際展開を加速している姿とは対照的だ。

変わるべきは「公的機関」と「メディア」であり、「シェフ」にこれ以上何を求めるのか、というのが率直な本音だ。メディアの片隅に身を置く者として、海外取材に出かけるたびに日本のシェフたちに申し訳なく引け目を感じている。

それでも、あえて一つだけシェフ側に求めることがあるとすれば、「世界に出たい」という意志があるなら、それをオープンにしてほしい、ということ。

日本のレストラン業界は層が厚く、料理人や店の志向も多様だ。「アワードとは無縁でいたい」というシェフもいれば、「ランクインは嬉しいが、そのために自分のやり方を変えるつもりはないし、労力を費やしたくない」という人も少なくない。そうした意向を持つシェフに対して、メディアとしては、無理に海外のシェフやメディアを積極的につなぐのは、かえって負担になる。

たとえば、昨年ソウルで存在感を示した金沢「レスピラシオン」の八木恵介さんは、「世界に出たい」と明言してくれた。

「今回は100位にも入っていませんが(笑)、声をかけられたので来てみたら、アジアのシェフたちと交流できてめちゃめちゃおもしろかった。今度はちゃんとランクインしてまた参加したいので、自分たちにできることは何でもやってみたい!」。

いまのアジアの空気感にもリンクする、この肩の力の抜けた軽やかさ。これだけオープンに意思を出してくれたら、メディアも遠慮なく応援活動ができる。有言実行とばかりに、今年ランクインした喜びをシェフと共有できることは、一年間その活動を見守ってきたメディアにとってもまた喜びなのだ。

韓国の勢いに、日本が太刀打ちするのは難しいだろうか。そんな印象が生まれる中、「そもそも食文化は勝ち負けではない。日本には日本の進み方がある」という、東京「傳」長谷川在佑さんの言葉が希望となった(ちなみに長谷川さんは、後進に道を譲るため、10年連続のランクインを持って、2026年からアワードへの参加を取りやめた)。

日本らしい進み方とは何か。そう考えながらソウルからの帰路に立ち寄った「ミシュランガイド京都・大阪2025」授賞式で目の前に広がった光景を見て、私は思わず、安堵と後悔が入り混じった気持ちで笑ってしまった。

(C)MICHELIN

安堵したのは、どうやっても他国が今から追いつけないほど、時間という資源を注ぎ込んだ、日本固有の優れたシェフが会場にあふれていたからだ。

後悔したのは、もしここにいるシェフたちを、メディアと公的機関がバックアップできていれば、日本のシェフたちはもっと圧倒的な存在感を世界で示せていたはずなのに、現実はそうなっていないから。力不足を痛感していたたまれなかった。

日本のフードシーンを支える料理人、生産者、卸、器や道具の作り手は、世界を舞台に唯一無二のコンテンツとなり得る。そう確信して前編を締めくくる。
後半では、韓国における「アジアのベスト50レストラン」授賞式招致の仕掛け人、ウル特別市 観光・スポーツ局 局長 ク・ジョンウォンさんへのインタビューをお伝えする。

Text, Photo: 江藤詩文 Shifumy, 冒頭写真: (C) The World’s 50 Best

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