洋食店「南蛮銀園亭」には、頼まなくてはいけないおいしい料理が、たくさんある。
深々とした滋味に、充足のため息をつかせる「コンソメスープ」。切った瞬間から蟹の甘い香りが漂い、顔を崩す「蟹コロッケ」。注文してから和牛の塊を切り出して作る、食感がしなやかで舌に優しい「ハンバーグステーキ」。淡いうま味と、玉子の甘み、トマトソースの酸味と深いコクが絶妙なバランスを生み出す、美しき「オムライス」。
甘味、酸味、うま味がまろやかに溶け合った、艶やかなソースをまとった、肉のうま味を感じさせる、「ビーフシチュー」。ホワイトソースというソースのうま味を、しみじみと感じさせてくれる「活車エビのグラタン」。
こうした主菜以外にも、蛤のショロンソース、キスのチーズ焼き、トリッパのトマトソース、芝えびのクネルといった、小粋な小皿前菜からスタートする楽しみもある。いずれも代官山「小川軒」の流れを汲む、古き良き時代の丁寧な仕事が生きた逸品である。
前身の銀座「胡椒亭」は、吉田健一や河上徹太郎など、数々の名士にも愛された店であり、吉田登料理長は、「小川軒」二代目小川順に師事した人である。現在でも親子三代で通う常連客も多い。
そんな常連客たちが、様々な料理同様に愛してやまない品が二つある。一つが、最初におしぼりに続いて出される「メルバトースト」である。常連は「おせんべ」と呼んで愛し、出すのが少しでも遅れると、「おせんべ出てないよ」と、催促するという。
フランスパンの極薄切りにしてアンチョビバターを塗り、粉チーズを振って弱火のオーブンで焼いたものである。噛めばカリッとパンが砕け、チーズの香ばしさが鼻に抜け、アンチョビの練れた塩気が顔を出す。ビールとやれば止らなくなるくせ者で、常連が催促する気持ちがよくわかるなあ。
もう一つは、常連が「赤いご飯」と呼ぶ「ソテーライス」である。カレーやオムライスにも使われており、主菜に合わせても出す炒め飯で、白い御飯より少しうま味のあるものをと、「小川軒」で考え出されたものだという。
微塵切りをした玉葱10個を2時間炒め、極微塵切りの赤ピーマン7〜8個とボンレスハム500グラムを合わせ、水分が無くなるまで炒めて、御飯と炒めあわせたものである。
薄い色のチキンライスといった風情で、わずかに赤ピーマンが確認できるだけで、ハムも玉葱も見えない。
食べれば、赤ピーマンの甘い香りが効いている。ご飯の甘みの影からバターのコクと玉葱の優しい甘みが滲み出る。ほんわりとうまい、後を引く味わいで、単品でもいけるが、デミグラスやオムライスの薄焼き卵、トマトソースと出会えばさらに輝き、魅了する。
いずれもメニューにはない。しかしこうした隠れた人気者こそが、店が長く愛される種を植えるのだ。
タマネギと赤ピーマン、ボンレスハムの旨味がぎっしり!
美しく赤みをまとった米は光り輝いているように見える。「この色は、赤ピーマンの色なんです」と吉田さん。ソテーライスは600円。メルバトーストは、アルコールを注文すればついてくる。
Mackey Makimoto
立ち食いそばから割烹まで日々食べ歩く。フジテレビ「アイアンシェフ」審査員ほか、ラジオテレビ多数出演。著書に『東京 食のお作法』(文芸春秋)、『間違いだらけの鍋奉行』(講談社)。写真左が著者、右が吉田さん。
南蛮 銀圓亭
東京都中央区銀座5-4-8 Carioca 7F
03-3573-1991
40席
http://nambanginentei.com/
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中西一朗=撮影
本記事は雑誌料理王国第259号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第259号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。