世田谷区池尻の世田谷公園。昼どきになると、明るい日差しを浴びた白いキッチンカーの前に、人の列ができる。できたてのランチボックスを、笑顔で幼い子どもを連れた女性に手渡すのは、菅井朝哉さんだ。世田谷公園に隣接するフランス料理のレストラン「シーブリーズ三宿」のオーナーシェフでもある。
「何か新しいことをやりたいと考えているなかで行き着いたのが、このキッチンカーでした」と菅井さんは言う。最初は、テイクアウト専門店を考えた。しかし、初期投資が思いのほかかかる上に、良い物件がなかなか見つからない。
「そんなとき、移動販売車の出店を、世田谷公園に限って実験的に世田谷区が許可することを聞いて、僕もキッチンカーを出店してみようと思ったんです」
キッチンカーは必要最低限のものだけの搭載にとどめたため、150万円でできた。
「メニューは欧風カレーのように、皆さんに馴染みのある料理とし、デザートやサラダ、キッシュなども揃えています。単価は店の半分くらいですけれど、1日100食ほどは売れます」と菅井さんは話す。
最近は、人気を聞きつけて、フードイベントなどから「出店してほしい」という依頼も入る。ビジネス街への出店も決めた。
「出店にあたっては、現場へ何度も足を運び、どんな人がどんなテイクアウトのランチを買ってくるのか、お客さまが何を欲しているのかを徹底的にリサーチしました」
イベントへの出店も、自分の料理が客層と合っていないと感じたら、出店はしない。値段を下げて、買ってもらうようなこともしない。「学生の頃は、星付きレストランのシェフのような、キラキラしたイメージを抱いていたんですよ」と菅井さんは苦笑する。しかし、大先輩のアドバイスで、父親がオーナーシェフを務める「シーブリーズ三宿」で働くことに決めた。
「父はまだ現役で、僕がキッチンカーで出ているときは、父が厨房を守ってくれています」
町場の小さなレストランだから、ゲストの声がすぐに耳に届く。キッチンカーの場合はサービスも自分なので、自由に会話もできる。
店では使えない切り落としの肉や形の悪い野菜も、工夫をすればキッチンカーの料理には使える。キッチンカーで店の名前を知り、来店してくれるゲストも少なくない。
「キッチンカーをやるようになって食品ロスも減りましたし、店に新しいお客さまが来てくださるようになりました」
忙しいけれど、充実。菅井さんは、穏やかな笑みを浮かべた。
牛バラ肉とポークほほ肉のハンバーグフォアグラ添え バルサミコソース
フランス料理は敷居が高いと思われがち。その先入観を払拭するために、菅井さんが考えたのがこのハンバーグ。またたくまに人気メニューとなり、気がついたらオーダーの半分がハンバーグに集中していた。もちろん、今も大人気。
Tomoya Sugai
1979年神奈川県生まれ。2000年3月に服部栄養専門学校調理師本科を卒業。ホテルやフランス料理レストランを経て、2008年に「シーブリーズ三宿」に入る。2014年、同店オーナーシェフに。2017年からキッチンカーを始める。
山内章子=取材、文中西一朗=撮影
本記事は雑誌料理王国284号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は 284号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。