今、世界で7億人が、飢餓に苦しんでいる中、日本で廃棄される食品は、国連などが世界に行っている食料支援のなんと1.5倍。料理の世界でも、SDGs、サステナブルという言葉が普通に使われるようになった昨今。食事という最も身近な行為を通して、SDGsに貢献できるないか。そんな中、食品ロスを有効活用し、一人一人が行動することで変えていこうと設立されたのが去年9月に設立されたフードロスバンク。ハイブランドと協調して、「ロスを出さないライフスタイルが、新しい時代のラグジュアリーである」と提案する取り組みを始めている。
今年3月にいち早く賛同の意を示し、「ロスフード」と呼ばれる、余剰食材などを使ったメニューを打ち出しているのがアルマーニ / リストランテだ。
エグゼクティブシェフのカルミネ・アマランテ氏はイタリアの三つ星、ハインツ・ベック氏の愛弟子として東京店を任され、ミシュラン1つ星を獲得、また、イタリア版ミシュランガイドとも位置付けられるグルメガイド「ガンベロ・ロッソ」で最高の評価、3フォークを獲得した数少ないレストランのうちの一つとなった。その後2020年9月に日本のアルマーニブランドの飲食全体を統括するエグゼクティブシェフとして就任、健康的で、味わい深い料理を、洗練された美しいセッティングやサービスとともに提供している。
「ずっと、おいしく、人を健康にする料理を考えてきた。フードロスバンクの話を聞いて、地球を健康にするために、できることがあるのではないかと気づいた」と、フードロスメニューを生み出した理由を語る。
「大根のフラン」に使われる大根は、真っ直ぐでないなどの理由で規格外とされてしまったもの。アマランテ氏は「大根はその日によって繊維のテクスチャや水分、苦味が異なり、それによって異なった下ごしらえが必要になるので、そこが難しい」と語るが、その様子は、日々異なった性格を持つ野菜と向き合うことを、むしろ楽しんでいるかのように感じられる。
素朴な日常の食材である大根だが、個体に合わせた下茹でなどの処理をした後、上質なサフランで煮ることで、蜂蜜のような豊かな甘い香りをまとわせ、ナイフを入れると真ん中から野菜のブイヨンを効かせたサフランソースと共に細かく刻んだズッキーニが流れ出るスタイルにすることで、ラグジュアリーブランドのレストランにふさわしく、楽しい驚きのある一皿に仕上げた。ちなみにズッキーニも、皮などに傷があったりして出荷できなくなってしまったロスフードで、上には通常は捨てられてしまう、ズッキーニの皮を細かく刻み、素揚げにしたものが飾られている。
「カプレーゼ2021」は、現代風に解釈したカプレーゼ。「不揃い」のために出荷ができないトマトを、それぞれのサイズに合わせた時間、バジルとニンニクを入れたオリーブオイルで低温調理し、その上にトマトウォーターのエスプーマとブラータチーズのソルベを重ねることで、サイズ感とは関係なく、味として楽しめるプレゼンテーションにした。南イタリア・プーリアでグリッシーニの代わりに食べられているという、リング型のパン、タラッリを添えて。
ロスをなくすことに加え、サステナブルというのは、食を支える人たちの生活をサステナブルにすることでもある。飲食店の時短営業などの影響で消費量が減ってしまった金目鯛を、備長炭で焼き上げ、不揃いのため出荷できなくなった枝豆のピューレ、備長炭でスモーキーな香りをつけた枝豆と、味や食感、香りのコントラストをつけることで、たくさんの枝豆を使いながらも、単調にならない味に仕上げた「金目鯛 枝豆 ライムの香りのコンソメ」。最後に金目鯛の頭や骨からとった、カフィアライムの香りのコンソメを注ぐことで、さわやかさのアクセントを加えている。
デザート担当の秋山真佐典パティシエが生み出した「酒粕 メロン」は、吟醸香のある福井県・田辺酒造の酒粕を、糖度の高い、進物用のメロンと合わせた。どちらも、ロスフード食材だ。「酒粕はイタリア料理では通常、使用しない食材の為、酒粕の香りを損なわずに、馴染みがない方にも食べ易くするかのバランスの取り方、味のコンビネーションが難しかった」と語る。しかし、このメニューを生み出すことで、「日本の生産者が、いかに完璧なものを追求しているかに気づいた」という。例えば、このメロンも、素人が見たレベルでは、全くどこが悪いのかわからないが、極上のメロンを作る生産者からすると「網目の入り方が完璧ではない」などの理由で出荷されないのだという。「もちろん、糖度もバッチリで香りもいい。何かが足りない食材を使っているイメージは全くありません」。
とはいえ、レストラン側は「安上がりに済ませたいからロスフードを使う」というわけではない。レストランは「一次生産者を支え、フードロスをなくしたい」というフードロスバンクの思いに共鳴し、これらの食材を通常の相場とほぼ変わらない値段で購入している。また、その時の市場に余剰にあるもの、ということは“旬の食材”でもあり、自然と季節感あふれる料理になる。
そしてゲストは、旬の食材をたっぷり使ったコースをおいしく味わうことで、本来廃棄されてしまうはずだった食材を無駄なくいただくことができ、地球に負担をかける負のスパイラルに歯止めをかける一助となる、というわけだ。
フードロスバンク の山田早輝子氏は、「品質管理の厳しいハイブランドと組むことで、フードロスの食材が、味や香り、安全性といった、食材として重要な部分に問題がない、ということが伝わりやすい」と語る。目指すのは、「地球に負荷をかけない暮らし方」という新しいラグジュアリーの提案だ。
素材ごとに個体に合わせた柔軟な対応が必要なため、シェフにとっては挑戦。しかし、逆にアマランテ氏は「あるがままの自然を理解することにもつながり、やりがいを感じている」という。
農に関わる人は知っているであろうことを、私たちは、もっと真剣に捉えるべきなのだろう。それは、大地は無限ではない、ということだ。増え続ける世界の人口を養う食料を生み出すために、大地は疲弊し、そのうち収量が上がらなくなる。経済性優先の、大量生産、大量廃棄という考えにのっとって、化学肥料を大量に撒けば、無理が生まれて生き物である植物は病気になり、多量の農薬が必要になる。大地の搾取を続けることは、未来永劫続けられるものではない。「勝手に生えてくるものだから、とれすぎたら捨てればいい」ということではないのだ。
自然が与えてくれたものを、いかに無駄なく使い切るか。それは、古から日本人が大切にしてきた「もったいない」という考え方にもつながるように思う。
私たちの姿かたちが一人一人違うように、違ってこそ自然。完璧な形を作るために日々努力している生産者の方々の努力を素晴らしいと感じつつも、いつの間にか、食材は本来自然なものであり、それぞれにユニークな形をしているという事実を、人間の勝手な美意識で「分別」してこなかったか。
「アスパラガスだったら、曲がっていたり、大きさが違うのは当たり前。曲がった形も生かした盛り付け、形の悪いものはピュレにする、そんな工夫で、自然のありのままの姿の食材を使っても、美しいとおいしいを実現できるはず」。とアマランテ氏はいう。
美しいものは美しいし、それには素直に称賛を送りたい。でも、その価値観はあまりにも画一的で、そこにあてはまらなかったものを否定してきてはいなかっただろうか。完璧さへの追求が行きすぎてしまい、自然の食材を生かす、という昔は当たり前だったことが、いつの間にか忘れ去られてはいかなかっただろうか。今、アルマーニ / リストランテが、フードロスバンク とともに行っている取り組みは、既存の美しさを認めつつも、その厳しい判定基準からこぼれ落ちてしまったものに、命を輝かせる機会を与えることでもあるのだろう。
自然の食材は、その時々で、私たちが必要とする栄養を与えてくれる。それを使った料理を作ることは、自然の摂理の中で生きる人間のあり方にもかなっている。
そんな、自然に従う料理。
「かつて働いたドン・アルフォンソでは、広大な畑からの野菜が食材全体の8割を占めた。
その時その時で、同じトマトでも味が変わっていく。それに合わせていく料理。自然が与えてくれる食材に寄り添い、料理を生み出していくこと。魚なら、骨も、頭も、食材の全部を使う、というのは身に染み付いている。そんな自然の持ち味を最大限に引き出したおいしさを生み出していく」とアマランテ氏は語る。
かつてジョルジオ・アルマーニ氏が生み出した、アンコンジャケットは、構築的な肩パッドなどを外し、軽やかで自然体のスタイルを生み出すと同時に、ありのままの人間らしさこそ美しく、生活に寄り添う快適、という豊かさがあることを世の中に訴えかけた。
それと同じように、自然のありように寄り添うアマランテ氏の料理は、私たちのありのままの人間らしさを、心の中から呼び起こす料理、と言えるのかもしれない。
アルマーニ / リストランテ 銀座
【住所】東京都中央区銀座5-5-4
【電話】03-6274 7005
【ウェブサイト】https://www.armani.com/restaurant/jp/restaurant/armani-ristorante-ginza/
今回のメニューは10月末までの展開予定
取材・文= 仲山今日子
仲山今日子
ワールド・レストラン・アワーズ審査員。元テレビ山梨、テレビ神奈川ニュースキャスター。シンガポール在住時、国営ラジオ局でDJとして勤務。世界約50ヶ国を訪ね、取材した飲食店や食文化について日本・シンガポール・イタリアなどの新聞・雑誌に執筆中。