「も~いくつ寝るとお正月~♪」と、私たち日本人は1月頭に迎える正月を心待ちにしていますが、実は新暦の1月に正月を迎える国はごくわずか。同じアジア圏をみても旧暦で正月を迎える国の方が圧倒的に多いのです。
中国系の人口が全体の74%を占める多民族国家のシンガポールでは、旧暦の正月を盛大に祝います。その祝いの席に欠かせないのが「魚生」という料理です。日本のおせち同様に、縁起のよい意味を持つ食材がたくさん入っていて、隣国マレーシアでも食べられています。
実は、食べる時の作法がとても変わっていて、初めてソレを経験した人は、戸惑いを隠せません。そんな春節に食べられている「魚生」とは、どんな料理なのでしょう。シンガポールの様子を含めてみていきましょう。
*魚生は、シンガポールでは「イューシェン」、マレーシアでは「イーサン」といいます。
元来、魚生とは、水源が豊富で、漁獲も盛んな中国・広東省にある順徳を代表する魚料理です。主に白身の活魚を刺身にして、たっぷりの薬味と共に食べていました。東南アジアには中国・広東省からの移民も多く、シンガポールやマレーシアの中国系食文化に、広東料理は欠かせません。魚生も1964年に広東省からシンガポールに移民した中国人シェフたちによって、東南アジアのテイストが加わり、進化していきました。
大皿に、刺身をはじめ、ダイコンやニンジンのツマがたっぷりと盛られ、赤や緑に着色した寒天やヤムイモ、揚げたワンタンの皮、クラッシュピーナッツ、柑橘果物のポメロなどの食材で、皿の上は華やか。野菜にゴマ、コショウ、五香粉を振りかけて、さらに甘酸っぱいプラムソースをかけます。まるで刺身サラダのように豪華な一皿になっています。
魚生を提供するレストランでは、春節前から大々的にプロモーションをしています。以前は普通に盛られていた具も年々豪勢になり、アワビを添えたり、ツマはその年の干支の形や縁起の良い生き物の形にして、より豪華にかわいらしく仕上げる店が増えました。
日本のおせち料理には、縁起を担ぐ意味がありますが、魚生も同様です。風水や縁起を担ぐことに没頭するお国柄らしく、食材それぞれに縁起の良い意味があります。
まずは、魚生という料理名。「魚(イュー)と同じ発音に「余」があります。これは、「余りがある」、「豊かになる」という意味の言葉です。「生(シェン)」は「升」と同じ発音で、「上昇」を意味します。
食材でみてみると、刺身は「富」。色鮮やかな野菜は「家族の調和」。ピーナッツやゴマは「長寿」や「健康」。ワンタンの皮は「金運」や「黄金」。プラムソースには「財」。というように、幸運をもたらす意味や食材の形や色に至るまで、福となる意味のオンパレードです。
さぁ、魚生の準備もできたし、ご利益のありそうな意味も理解できたところで、次はその食べ方です。家族や親類が集合したところで、大勢で食卓を囲み、勢いよくスタートです。
「ローヘイ!」という掛け声とともに、箸で具を高く持ち上げて、一気に落として混ぜていきます。いや、混ぜるというよりは「散らかす」といった方が正解かもしれません。その行動は、皿の外にも具が散らばるほどです。行儀が悪いといわれそうな行動ですが、実はこれも狙ってのこと。具が皿からはみ出ることで、「溢れるほどの豊富な金」という意味になってくるのです。
箸をもったみんなが叫ぶ「ローヘイ(撈起)」とは広東語で、漁師が漁で綱を引く時の掛け声のことです。魚を捕って売ることから「金を稼ぐ」、「商売繁盛」に。網で魚を集めることから、幸運や金運も囲うことができるともいわれています。
正月だけに終わらず、仕事始めの時にも会社の発展やご利益を得るために仲間と「ローヘイ」することも多々あり、魚生は春節に欠かせないものとなっています。因みに、テーブルには敷物があるので、皿から溢れた具もしっかり食べます。が・・・少しだけ残すのがマナーです。というのも、全部食べ切ってしまうと、せっかく得た富が無くなってしまうから。最後の最後まで、縁起担ぎの魚生です。
そんな賑やかな習慣も、昨今のご時世ではテーブルを囲むことが難しいかもしれません。シンガポールのスーパーマーケットでは、自宅で魚生を楽しむ食材キットも販売しているので、自宅での静かな魚生になるかもしれませんね。
刺身や野菜のツマなど、日本のスーパーでも用意できるものが多いので、ゲン担ぎに初めての魚生に挑戦してみてはいかがでしょう。
伊能すみ子
アジアンフードディレクター/1級フードアナリスト
民放気象番組ディレクターを経て、食の世界へ。アジアンエスニック料理を軸に、食品のトレンドや飲食店に関するテレビ、ラジオなどの出演及びアジア各国料理の執筆、講演、レシピ制作などを行う。年に数回、アジア諸国を巡り、屋台料理から最新トレンドまで、現地体験をウェブサイトにて多数掲載。アジアごはん好き仲間とごはん比較探Qユニット「アジアごはんズ」を結成し、シンガポール料理を担当。日本エスニック協会アンバサダーとしても活動する。著書『マカオ行ったらこれ食べよう!』(誠文堂新光社)。