西は浅草一の繁華街・雷門に続き、東には日本一の道具街・合羽橋が控える。ここ田原町は、東京・下町の粋を育んできた街だ。
オフィス街の谷間には古刹も点在し、風情ある街並みを形成する。天ぷら、すき焼き、とんかつ、どじょう、鰻などなど、旨いものの老舗に事欠かない「食の激戦区」に、「ビストロカトリ」がオープンしたのは2003年のことだった。
「成功すればいいですね、とおっしゃってくださる方の言葉には、大丈夫? という心配のニュアンスも含まれていたようです」
34歳だった。服部栄養専門学校を卒業し、料理人としての人生を歩み始めて14年。前年にはボキューズ・ドール主催のコンテストで国内3位に入賞。フランスでは三ツ星レストランでも働き、東京では、街場の名店でもホテル内の高級レストランでも働き、料理長の経験も積んでいた。「30代半ば、今が独立の良い機会だと思いました。ちょうどビストロが流行り出していたし、小皿料理の店などが注目されていました」
しかし、香取さんはそのトレンドに左右されることなく、自らのポリシーを貫くと決めた。それは、「しっかりした旨いフランス料理とワインを楽しんでいただく」ビストロのあるべき姿を表現した「俺の店」である。資金は1500万円。その半分は自己資金。
そして、この間口の広い物件と出会った。自分の好みで、道路側に窓をつけた。通りは車の往来も少ない。「ガラス窓を通じて外とのコミュニケーションが取れるのがいいかな、と思ったんです。でも、店の中の様子が外から見えるのが嫌だという声もありました」
とはいえ「俺の店」だから「俺の好きなようにした」のだ。
「若さのせいでしょうか。オープン当初は、正直言って『俺の店』という気負いが強かったです。しかし、それは間違いでした」
お客さまのための店、ここで働くスタッフの店、という考えになってきた。自分はひと皿、ひと皿しっかりと心を込めて料理を作りたい。「この想いをいつまでも持続させたいですね」
厨房に立つ香取さんの背中には、愚直なまでの「料理に対する愛情」が刻まれていた。
店の前にはオートバイが置かれている。この愛車で香取さんは毎朝、築地へ向かう。自分の目で確かめて食材を手に入れる。それによってメニューが変わることもある。
「ランチは好きなお料理を選べるプリフィクスのコース料理ですが、ディナーはアラカルトメニューを中心にしています」
なるほど、たくさんのメニューの中からチョイスする楽しさがある。
「山形三元豚のロースト」や「道産和牛ホホ肉の赤ワイン煮」といったメインディッシュ(2000円代後半から3000円代)は、ボリュームたっぷりで申し分のない味わい、と評判を呼ぶ。合羽橋へショッピングに来た夫婦や、近所の自営業の人たちが家族で。あるいは会社務めの若い女性やビジネスマンなど、幅広い客層がリピーターとなった。
この食の激戦区で勝者に成り得た「ビストロカトリ」には、「俺の店」ではなく「お客さまの店」というオーナーシェフ香取さんの「謙虚な姿勢」が息づいている。そして、ビストロという気軽さを演出しながら、「料理の旨さはどこにも負けない」料理人の自負がある。しかも、その自負が皿の上で主張されてはいない。客は香りで味わい、口に入れて旨さを堪能する。
ウッドベースの心地よい店内は、カジュアルにフランス料理を楽しむ人たちで今夜も賑わう
シイタケ(ドンコ)がたくさん入ったソースを纏ったオムレツは人気の逸品。中に入ったフォアグラのマリネと卵を口にふくむと、誰もが幸せ感に包まれる。ポルト酒とフォン・ド・ヴォーを使ったソースベースの旨味も格別だ。
材料(1人前)
フォワグラ…50g /卵…2個/エシャロット…大さじ1/シブレット、パセリ…各小さじ1/クリーム(47%)…大さじ2/ミニョネット、塩、コショウ、バター、オイル…各適量
ソースベース
ポルト酒…1本/エシャロットアッシェ…200g /シャンピニオン…4p/c /シイタケ(ドンコ)…3p/c /フォン・ド・ヴォー…600㏄/塩、コショウ、バター…各適量
作り方
ビストロカトリ
Bistro KATORI
東京都台東区西浅草1-8-9 鈴木ビル1F
03-3843-5256
● 12:00~14:30LO、18:00~22:00LO、~21:30LO(土日祝)
● 水休
● 24席
長瀬広子=取材、文 依田佳子=撮影
本記事は雑誌料理王国第247号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第247号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。