1966年からローマの料理学校に学び、その後もイタリアで腕を磨いた吉川さん。「当時はローマで修業する日本人を見かけることはほとんどなく、おかげでイタリア語が早く身につきました」と若い日々を振り返る。石炭ストーブの暑さや夜遅くまで続く就業時間など、厳しい環境だった。唯一の楽しみは、深夜のビアレストランで仲間と生ビールの後の締めに味わった「ペンネアラビアータ」や「ブカティーニアマトリチャーナ」。思い出を大切に、50年経った今も吉川さんはローマと関係の深いその味を大切にしている。
「アマトリチャーナ」に欠かせない穴あきロングパスタ
中心に穴の開いたパスタという意味で、ナポリでは方言で「ペルチャテッリ」と呼んでいる。ローマの定番パスタ「アマトリチャーナ」を作る際に欠かせない。
60年代のローマはイタリア料理の中心地。現在は北イタリアへ修業に行く料理人が多いが、当時の日本人にとって、「北部は工業、商業地域」だった。しかし、ローマは都会だけあって厨房が狭い。レストランにはパスタを打つスペースがないので、近くの製麺所に粉の配合を伝えて発注。レシピ通りに作った生パスタを届けてもらう店がほとんどだった。「僕はホテルでも働いたことがあって、そこでは手打ちもしましたが、どちらかというと手打ちパスタを出すのは地方のレストラン、というイメージでした」。しかも、ローマを中心とするラツィオ州でよく使われるブカティーニやペンネは、シンプルなトマトソースでパスタの弾力を楽しむために乾燥パスタを使ったほうが圧倒的においしいのだ。
ただし、乾燥パスタはメーカーによって風味や食感が異なるので厳選する必要がある。まずチェックすべきは製法。テフロンの鋳型で成型し高温乾燥したものは、値段は安いが湯に入れた時の水分の浸透が悪く、吉川さんにとっては「硬いだけで、なめらかさに欠ける仕上がり」。
一方、ブロンズ(銅と錫の合金)の鋳型で成型し低温乾燥したものは、作るのに時間がかかるため値段はやや高めだが、水分の浸透がよく、適度な弾力となめらかさがある。
またペンネは、「できるだけ生地の薄いものを選ぶといい」。現在は生地が比較的厚く、表面に溝のあるペンネ・リガーテが主流だが、もともとローマで使われていたのは、ペンネ・リッシェといって、生地が薄くて表面がなめらかなタイプ。「そのほうがソースのからみがよく、食感も軽やかだ」と吉川さんは言う。
さらに「乾麺の品質が常に一定だと思ってはいけません」ともアドバイス。セモリナ粉の質が変わったり、鋳型が摩耗してパスタの太さが微妙に変化したりすることもよくある。そのため吉川さんは、年に何度か麺の味わいを入念にチェックし、必要に応じてメーカーを変えている。「パスタは僕にとって味噌汁のようなもの」。最近はイタリアでも、前菜とメインとパンで食事を済ませる人が少なくないが、「やはり僕は、少しでもいいからパスタを食べないと物足りない」と言う。
パスタを「味噌汁」と言い切る吉川さんは、日本にとってもイタリアにとっても貴重な存在だ。
アマトリチャーナは、ポピュラーなトマトソースのひとつで、グアンチャーレ(豚ホホ肉の塩漬け)やパンチェッタなどをソースに入れ、太麺のブカティーニと合わせる。仕上げのぺコリーノチースの塩味がよいアクセントに。
材料(1人分)
ブカティーニ…80 ℊ/パンチェッタ…50ℊ/自家製トマトソース、ペコリーノチーズ、塩、タマネギ、トウガラシ、オリーブオイル…各適量
作り方
ホスタリア エル・カンピドイオ
Hostaria er Campidojo
東京都世田谷区桜丘1-17-11
03-3420-7432
● 18:00~21:00LO
● 火水木休
●8席
上村久留美=取材、文 依田佳子=撮影
本記事は雑誌料理王国第253号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第253号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。