熱を的確に加えるために、「銀座 大石」大石義壱シェフは、仔羊のキャレを分解する。


フィレは浅めに、リブ周辺や脂は深く加熱して味わいたい。加熱時間の異なるパーツが同居する背肉(キャレ/ラック)を、敢えて分解してみると、新しい料理への展開が見えてきた。

キャレ(ラック) オーストラリア産ラムの背肉を用意。
一般的には写真の点線のように肋骨に沿って切り出すと、それが「ラム・チョップ」。しかし今回は棒状のフィレのみを切り出し、その他の部分と分ける。

A フィレ
背骨に沿う棒状のフィレを取り出す。

背骨に沿って包丁を入れ、棒状のフィレ(頭に近い部分のテンダーロイン)だけを切り出す。繊維が細かく脂肪分が少ないためフィレは火が通りやすい。

B リブ・背肉・脂
背骨を外し、リブ・背肉・脂に分割。

リブ[1]は肋骨に沿って包丁を入れ切り分ける。背肉[2]は7cm角に切る。脂[3]は2cm角に細かく切る。背骨[4]はこの写真には入っていない。

焼く人

大石義壱
銀座 大石/オーナーシェフ


フランス料理の正統派レストラン「北島亭」で16年間スーシェフを務めた。「オヤジ(北島素幸シェフのこと)の味を受け継げるのは自分だけ」という自負を支えに、2019年9月に独立。カウンター12席の新天地で勝負する。

背肉を分解。
ロースト、ブレゼ、コンフィと3 通りに加熱。

羊の背肉は仏語で「キャレ(carré)」、英語では「ラック(rack)」。国によってカット位置は異なるが、概ね背骨から胸にかけての部位で、上の写真の点線のように肋骨に沿って切り分ければ「ラム・チョップ」となる。…この背肉は、赤身のフィレと、肋骨周辺のリブ、そして皮側の脂とで構成されるが、それぞれ火の通り方が違うため、プロではない人間がチョップを焼こうとすると難しい。

ならば背肉を分解してみよう、というのが大石義壱シェフの提案だ。赤身のフィレは古巣「北島亭」の十八番でもある塩包み焼きの手法を使ってローストに、スジっぽくて硬いリブはコンフィとブレゼでそれぞれ調理。脂は加熱して液化しコンフィの調理に使った。

フィレ〔A〕はローストに。リブと背肉〔B〕はコンフィに。

A フィレをパータ・セルで包みロースト。「仔羊の塩包み焼き」をつくる。

塩・胡椒を振ったフィレを豚の網脂で包み、薄力粉・強力粉・塩を各同量混ぜて練ったパータ・セルに包んで蒸し焼きにする。この調理法は「北島亭」のスペシャリテでもある「仔羊の塩包み焼き」と工程はほぼ同じ。「北島亭」ではフィレと一緒にパータ・セルで包むフレッシュのセージを、大石シェフは省く。羊の香りを活かすためだ。「フィレを美味しく食べるための加熱方法は、ゆっくりと熱を入れるこの方法がベストだ」と大石シェフ。

1. 網脂でフィレを包む理由は、脂肪がない赤身のフィレ肉に熱がダイレクトに入らないようにするため。両端まで隙間なく包み、余分な生地は切り落とす。
3. 約1時間後、生地の包みを解くと肉は一回り縮んでおり火は通っていることが覗える。が、肉汁が出ていない。触れて弾力があれば芯まで加熱されている。
2. 熱した鉄板で1の全面を焦げるまで焼き、約1時間放置してゆっくりと加熱する蒸し焼きの低温調理。スチームコンベクションオーブンと同じ原理を作る。
4. 3 のフィレから生地と網脂を外す。熱したフライパンに油を敷き、フィレの表面だけを焼く。仕上がりにナイフを入れると弱冠くすんだ桜色(赤くない)。

B リブと背肉はコンフィに。
「ナヴァランダニョー」と「仔羊と茄子のムサカ」をつくる。

フィレを外した[B]の部位は、リブ[1]背肉[2]ともにスジっぽく硬い。「そんな部位を美味しく食べる方法はコンフィとブレゼ」だと大石シェフ。まずは背骨[4]をゆでてスープ(ジュ・ダニョー)をとる。脂[3]は強火で油を抽出、リブ[1]と背肉[2]をコンフィにする。コンフィにした材料の半量をトマトなどの野菜とブレゼして「ナヴァランダニョー」に。残りの半量を茄子とともに蒸して「仔羊と茄子のムサカ」に。

【背骨でスープをとる。】
脂〔3〕を外し、肋骨に沿って細分化した背骨〔4〕は、水を加えて中火で茹で、ジュ・ダニョーをとり「ナヴァランダニョー」のソースの出汁とする。

【リブと背肉をコンフィに。】
リブ〔1〕と背肉〔2〕はフライパンに入れ強火で表面を焼く。表面が薄茶に焼き色を帯びたらソースパンの脂に入れて1時間30分~ 2時間コンフィする。

【「ナヴァランダニョー」をつくる。】

コンフィにしたリブ〔1〕と背肉〔2〕は骨付きのまま使う。タマネギ、ニンジン、トマト(種を取り除いた果肉)とともにバターで約3分間炒める。
1 をサンジェ(小麦粉を加えてブロードをつくり濃度を上げる)した後に水を加えて15分間煮る。煮た野菜は濾してジュ・ダニョーと和えてソースに。

【「仔羊と茄子のムサカ」をつくる。】

コンフィにしたリブ〔1〕から骨を外し1cm角に切る。それを焼いた茄子の果肉と和え潰した後に、鶏卵(少々)とクミンパウダーを加えムサカをつくる。
写真のように、焼いた茄子から果肉を除いた後には皮が残る。この皮をプリン型に敷き、上から1 のムサカを詰める。これを約5分間蒸す。

3品でラム・チョップ1本分。
食べてから飲み込むまでの間に“物語”がある。

「敢えて背肉の塊を分解して加熱しよう」という大石シェフが完成させた料理は3品。言ってみれば写真の1皿はラム・チョップ1本分で構成されているというわけだ。

オーブン、フライパン、アロゼなどの技術を駆使して塊のままの背肉に火を通したキャレダニョー(Carré d’agneau)は、フランス料理のクラシックな仔羊背肉の食べ方だ。肋骨に沿って切り分け、ラム・チョップの形で盛り付けられた「キャレダニョー」はフランスの羊肉料理の典型的なビジュアルだろう。しかし、赤身・脂・骨周辺の筋や肉を各々最適に加熱して楽しもうという今回のアイデアも一興だ。

(左上から時計回りに)B-2 confit(コンフィ)仔羊と茄子のムサカ、B-1 braiser(ブレゼ)ナヴァランダニョー、A rôti(ロティ)仔羊の塩包み蒸し焼きバジル風味のソース添え

コンフィしたリブと背肉をブレゼした「ナヴァランダニョー(B-1)」。本来は肩肉を使う料理だが、筋や脂が多いという共通点もあるため背肉でも美味しく仕上がる。肉は実に柔らかく仕上がっており、骨からするりと脱げる。羊のうま味がトマトのうま味と戦いながら、最終的には一体化していく味わいが絶妙だ。コンフィしたリブの肉を使った「仔羊と茄子のムサカ(B-2)」は肉、脂、皮、そして茄子の皮のそれぞれ異なる食感が口の中で踊り、楽しい。

フィレのみをパータ・セルで包んで加熱した「仔羊の塩包み蒸し焼き(A)」は、大石シェフも「この調理法が仔羊の赤身肉を最も美味しく食べる方法だ」と認める。的確に火の通った肉は、歯を入れるごとにうま味を含んだ肉汁が溢れ出続ける。そして、噛んでいると肉が自然と口の中から消えていく…。肉を飲み込むという動作がまったく必要ないのは驚きだ。同時に後味の余韻が長く続くため、しばらくうっとりとしていられる…というオマケまで付く。

銀座 大石

東京都中央区銀座2-10-11
マロニエ通り銀座館2階
TEL 03-6278-8183
18:00 ~
月休


text 水 亨一 photo よねくらりょう

本記事は雑誌料理王国2020年3月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は2020年3月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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