世界の第一線で活躍する、今、注目のシェフたち。彼らもまた様々なものを受け継いでいる。それは伝統であったり、文化であったり、レシピであったり…。これからの料理界を担うシェフたちが、それをどう未来へ繋いでいくか。ひと皿の料理で表現してもらった。
美食の街として知られるサン・セバスチャン。人口18万人あまりのこの地域には、スペイン全土で11しかないミシュラン三ツ星のレストランが3つもある。その原動力となったのが、1975年に、ポール・ボキューズらの「ヌーベル・キュイジーヌ」に感化されたエレナの父、ホアン・マリが、仲間と共に起こした「ニュー・バスク・キュイジーヌ」のムーブメントだった。彼らはレストランで開発したレシピを共有し、地域全体で食文化を作り上げていった。その波はやがて、フェラン・アドリアの「エル・ブジ」をはじめ、スペイン全土に新しい料理をもたらすことになる。「アルサック」は1897年創業で、エレナは4代目にあたる。「父がニュー・バスク・キュイジーヌで行なったのは、バスクの伝統レシピの味を調整し、モダンな味わいにしたこと、エキゾティックなフルーツやスパイスなど、バスク料理になかった食材を積極的に取り入れたこと、一般の人を相手に食の教育活動を行なったこと」と語る。サン・セバスチャンは小さな街だからこそ、人と人との関係がとても近く、共有し共栄するという考え方はとても自然だったという。
「今、街に多くの星付きレストランがあって、私たちが唯一でないことを誇りに思います。若いシェフが頑張っている星付きの店や、ピンチョスのバーまで、高級店だけでなく、色々な店で質の高い料理が食べられる。一般家庭でも、私の父のシグネチャー料理が作られている。私たちの前の世代、父とその仲間のシェフたちが生み出した美食を共有する文化が、こうして広く受け継がれている、それはとても幸せな事なのです」。そんなエレナが考える、未来の食とは。「今の時代、シェフには5年毎にスタイルを変えていくことが求められています。将来は、見た目がシンプルだけれども、その裏に深くて複雑な味が隠れているような料理が流行になっていくと思います。良い食は、自然と人への尊敬から成り立っている。その考え方を受け継いでいきたい」。地元の学校を訪れて、食の授業を行なうというエレナ。「共有する」文化は、こうしてまた、受け継がれていく。
サンセパスチャンの伝統料理「チャングロ(カニ)のドノステイア風」をモダンにアレンジした、「黄色いチャングロ」。本来は、力二のトマトソース煮をグラタンのように仕上げるが、ターメリックで黄色に塗った力ニの殻の下には、伝統的な力二のトマトソース煮だけでなく、魚から抽出したコラーゲン、そしてトリュフの香りを生かしたヴィネグレットなどを合わせ、モダンで軽やかな、今の「ニュー・ バスク・ キュイジーヌ」に仕上げた。
text 仲山今日子
記事は雑誌料理王国2019年10月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は2019年10月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。