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フランス料理 コンソメの歴史を探る


フランス料理の代表的なスープ「ポタージュ」といえば、真っ先にコンソメを思い浮べる人も少なくないだろう。大量の肉や野菜から長時間かけて旨味を凝縮するこのスープは、いかにもフランス料理の精神を体現しているかのよう。他の国のスープを見ても、これほど具材の少ないスープは見当たらない。このように液体だけを楽しむスープは、いったい、いつ頃生まれたのだろうか。料理書に残るスープをたどりつつ、コンソメを追いかけてみた。

古代ローマ時代 1世紀
アピキウスの小麦のスープ

ポンペイの遺跡で発見された調理器具などから、現代使われている調理技術の多くは、古代ギリシャ、ローマ時代には編み出されていたといわれる。では、この時代はどんなスープが飲まれていたのだろうか?

古代ローマで最初に挙げられる美食家といえば、ネロ帝時代(54〜68年)のマルクス・ガウィウス・アピキウスである。大勢の料理人を雇って、大宴会を開き、さまざまな料理を創造したとされる。料理学校も開き、料理書『デ・レ・コクイナリア』を著す。現代に伝わる中でもっとも古いこの料理書には、大麦のクリームスープが出てくる。このスープは、あらかじめ殻をとって水でふやかしておいた大麦をすりつぶし、多量の油とディル、乾燥タマネギ、セイボリーで豚のモモ肉を加えて煮て、コリアンダーと塩を加える。豚肉を取り出して残りをつぶしてから、肉を戻し、ミントやクミンなどのさまざまなハーブとスパイス、ハチミツ、酢、濃く煮つめたブドウの搾り汁、ローマ時代の調味料であるガルムで調味したもの。

分量の詳細が不明だが、それでもお粥のようにとろりとしたスープであり、液体分の多いスープとは異なるという想像はつく。

古代ローマ時代の万能調味料「ガルム」
アピキウスの小麦のスープ

気になるのが「ガルム」という調味料だろう。これは魚醤のようなもので、当時多くの種類があり、さまざまな料理に頻繁に加えられているが、中世になるとこの調味料は姿を消す。大麦のスープだけでなく、ハーブとスパイスを大量に用い、塩味と甘味が混合されているのがこの時代の料理の特徴ということが、アピキウスのルセットからわかっている。

中世Ⅰ 14世紀
タイユヴァンの鶏肉のスープ

パリのグランド・メゾンのスープのことではない。中世の偉大な料理人、ギヨーム・ティレルこと、タイユヴァンで、彼の料理書『ル・ヴァンディエ(食物譜)』に登場するスープのことだ。この本は、異論はあるものの、フランス語で書かれた初めての料理書であり、17世紀初頭まで何度も再版を重ね、多くの料理人に影響を与えている。ここに登場しているのは「シナモン風味のブルーエ」(図版1)、とろみのある具の入ったポタージュで煮込み料理に近い。

図版1

飲んでいたのは酸っぱくて香り高いスープ?

このルセットから、いくつか興味深い点が見えてくる。まずは肉を下茹でしてから炒めて、さらに煮込んでいること。匂いの強い熟成肉をおいしく食べるためのこの調理法は、18世紀まで続いた。また、アーモンドで液体にとろみをつける方法は、頻繁に用いられていた。見慣れない調味料「ヴェルジュ」もあるが、これはブドウの未熟果のジュースのこと。ブドウの未熟果は、思わず眉をしかめるほどに本当に酸っぱい。

また、シナモンはもちろん、乾燥ショウガやクローブ、アフリカ産のスパイス「グレーヌ・ド・パラディ」が入る。

スパイスの多用は中世の宴会料理の特徴のひとつ。高価なスパイスをふんだんに使うことで、自らの富や権力を誇示した。それに加えて、熟成肉の臭みをマスキングさせ、味わいを洗練させる目的もあったとされる。また、食養生を現代よりも重視していたこの時代、栄養や医療面での効果も期待されていた。ルセットを見ていると、酸っぱくて香り高い味わいが浮かび上がってくる……。

フォークはなくても、スプーンはあった

このスープが食卓でどんなふうに食べられていたのかについても、記録が残っている。図版2は、15世紀版『ル・ヴィアンディエ』所収のメニューだ。今日のフランス料理店でおなじみの、アントレ、メイン、デセールと料理が順を追って出される「ロシア式サービス」は、実は19世紀からの習慣。それまでの宴会料理では、このメニュー表のように、3つ、ないし4つのカテゴリーを設け、それぞれのカテゴリーの料理は一度にテーブルに並べる「フランス式サービス」が普通だった。タイユヴァンのスープは「第一のサービス」の時に並べられている。

なお、ルネッサンス期までフランスの食卓にはフォークが存在しなかった、というのは有名な逸話だが、スプーンは存在した。しかし、ひとつの鉢からふたりで分け合うということは多かった。食器をひとり分ずつにするようになったのは、ルネッサンスで「個」の意識が確立してからといわれている。

図版2

中世Ⅱ 10〜16世紀
庶民のスープ

王侯貴族ではなく、農村や市井の人々がどんなスープを飲んでいたのかは、文献資料が残っていないため、残念ながらほとんどわかっていない。

農民の食事は通常、野菜などの具が入ったスープにパンと、場合によってワインを合わせたものだったと考えられている。彼らの多くはパン焼き窯を持っていなかったため、共同のかまどでまとめて焼くか、イースト菌を加えずに灰の中で焼いたが、こうしたパンは固いので、スープでふやかして食べた。そもそも、フランス語のSoupé(スペ)という語は「ブイヨンなどに浸して食べるパンの薄切り」を指して、12世紀頃から使われていた。その後、14世紀にパンの薄切りが入ってとろみのついた汁物を指すようになった。

素材を鍋に入れて水と一緒に煮込めば、スープ状のものができるし、数日煮かえせばとろみも出る。そう考えると、農村家庭でポタージュやシチューが頻繁に食されていたことは想像に難くない。

偉大なる世紀 17世紀
キャベツのポタージュ・スープ

「キャベツの味のポタージュには完璧にキャベツの味がするべきだ」

「ポタージュについていえることは、どんな料理にも例外なく当てはまる基本原則だと思う」

これは、現代の東京の、レストランのシェフの言葉ではない。1654年に出版された、ニコラ・ド・ボンヌフォンのベストセラー『田園の楽しみ』に書かれている言葉だ。太陽王ルイ14世のもとで、宮廷文化華やかなりし頃、宮廷人たちが現代人と同様に「素材の味を生かした料理」に飛びついた、というのは興味深い。

この時代のキャベツのポタージュは、どんなものだったのだろう。料理人ピエール・フランソワ・ラ・ヴァレンヌの『フランスの料理人』(1651年)には、野菜のポタージュのルセットが登場する。この本も1727年までに8版を重ねたベストセラー。ルセットは、相変わらず肉のポタージュが中心だが、キャベツをはじめとして、カブやカボチャ、レタスなど野菜のポタージュのルセットが多く載っている。

ポタージュは現代に近い軽い味わいに

ラ・ヴァレンヌの「キャベツのポタージュ、牛乳入り」は、キャベツを水、多量のバター、コショウ、クローブを刺したタマネギと一緒に鍋に入れ、充分に煮えたら、牛乳を入れる。パンを浸し、それにキャベツを飾って出す、というものだったようだ。この時代のスープには、必ずパンが添えられるのが特徴。また、中世のパリでは、ほとんど使われていなかったバターが加えられている。同時に香辛料の使用量も減った。この時代には、香辛料が幅広く普及したため、そのステイタスが薄れたというのが大きな原因とされるが、代わりにハーブを使うようになった。さらに酸っぱい調味料のヴェルジュも使用も減り、素材の持ち味を生かす方向に近づいているようだ。

16世紀までは『ル・ヴィアンディエ』をはじめとして、中世に出版された本が再版され、料理人のルセットとして受け継がれてきた。ヴァレンヌの本は、その後に生まれた、最初のまとまった「料理書」でもあり、嗜好性の変化を感じさせる。

理性の世紀 18世紀 
王侯貴族の食卓のポタージュ

17世紀後半のルイ14世の時代、ヴェルサイユ宮廷の食卓で、フランス式サービスはほぼ確立された。そして18世紀、ルイ15世の時代に入ると、宮廷の食卓は規模の大きさや豪華さの誇示から、繊細で洗練された趣味へと移っていく。この時代のスープは、食卓でどのように位置づけられたのだろうか?

図版3は、18世紀半ばのフランス式サービスの食器の配置図。真ん中の皿を中心に、上下左右に対称に並べるのが基本。シンメトリーの美を追求している点では、庭園と同じ発想だ。両端の蓋付きの大鉢「スーピエール」には、ポタージュを入れていた。第一のセルヴィスでは、相当な量の野菜と肉をブイヨンで煮てから、パンを浸したポタージュが必ず供される。この頃のポタージュは液体だけではなく、肉や野菜の入ったものだった。第一のセルヴィスで、豪華なスーピエールのポタージュが最初に並べられたことからもわかるように、食卓ではポタージュは重要な位置を占めていた。

図版3

美食の黄金時代 19世紀 
コンソメスープの登場

澄んだコンソメスープについて最初の記述が登場するのが、近代のフランス料理の巨匠、アントナン・カレームの著書である。

ロシア皇帝やイギリス皇太子などに料理長として仕え、料理や菓子に関する著作を多く残している。晩年に発行された彼の仕事の集大成『19世紀フランス料理術』に「ヴァーミセリのコンソメポタージュ」(図版4)が出てくる。

図版4

もっとも、18世紀からこのスタイルのスープに至る萌芽はあった。たとえば、人物に関する資料がほとんど残っていないため「謎の料理人」といわれるムノンは、すでにコンソメについて言及している。錬金術的な料理法の頂点を極めたと目される彼は、料理とは、食べ物の粗野な部分を削り、純粋な精髄を取り出すことと考えていたようだ。味わいを凝縮して澄んだ状態に仕上げた液体を、コンソメと呼んでいる。

調理の副産物ではなく、澄んだスープを作るルセット

しかし「卵白でスープを澄ませる」と目的を書き、煮込み料理の副産物のスープではなく、コンソメスープそのものを作るために、だしをとるルセットは、カレームが最初である。この時代に至ってようやく、スープは「食材と液体の煮込み」から熱い液体そのものを楽しむようになったのだ。同時に、その提供方法も大きく変化している。

フランス革命後のレストラン業の発展とともに、ロシア式サービスが台頭するようになってきたのだ。このサービス方法でも、コンソメスープやポタージュは、食事の初めに出され、存在感を保っている。

さらに20世紀に入ると、現代フランス料理の礎を築いたオーギュスト・エスコフィエによって、スープの種類や作り方は理論化、体系化された。コンソメは「澄んだポタージュ」に分類され、今日、我々が慣れ親しんでいるコンソメスープとなったのである。

〈参考文献〉
『食の歴史』Ⅱ
J・L・フランドラン、M・モンタナーリ編宮原信、北代美和子監訳 菊地祥子、末吉雄二、鶴田知佳子訳藤原書店 2000年
『フランスの料理人』
17世紀の料理書 ラ・ヴァレンヌ著森本英夫訳・解説 駿河台出版社  2009年
『プロのためのフランス料理の歴史』
ジャン=ピエール・プーラン、エドモン・ネランク共著 山内秀文訳 学習研究社 2005年

本記事は雑誌料理王国2010年12月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は2010年12月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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