食の未来が見えるウェブマガジン「料理王国」

トップシェフが再現するフランス古典料理「アピキウス」 ~レフェルヴェソンス 生江史伸さん~


「旨い料理をひたすら追求する古代ローマ人の情熱に、勇気づけられました」

レフェルヴェソンス 生江史伸さん

古代ローマ時代の豪華な宴は富と権力の象徴だった。
豚のフォワグラや養殖のウツボなど、あらゆる食材を用いて多彩な調理法を生み出した当時の料理人の創造性と執着心は、現代に生きるシェフの想像力をも刺激する。

 古代ローマは西洋文化の起源であるが、フランス料理が直接ここから始まったとは言えない。しかし、ポンペイの遺跡から出土した調理道具によって、この時代には現在フランス料理で使われているほとんどの調理技法が生まれていたことが明らかだ。また、食材としては、美食家で料理人のマルクス・ガウィウス・アピキウスが発明した、イチジクとハチミツ入りのワインを豚に食べさせる強制肥育法はフォワグラとなって現在も残っているし、南仏のセートには古代ローマ時代からカキの養殖が行われていた痕跡もある。当時の権力者の間では海水を邸内に引き込んで養殖池を作り、そこで魚を飼うことが流行した。その後、ウツボの養殖も始められ、ウツボやウナギなどは高級な食材として料理され、食された。

甘酸っぱくて香り高い、東南アジア料理に似る

 アピキウスのルセットには、ウツボやヒラメなどの魚料理も多く登場、合わせるソースも数種類ある。特徴は魚の内臓から作る発酵調味料「ガルム」が頻繁に使われ、ハーブと香辛料を多量に入れること。甘味づけにハチミツも使われ、香り高く甘酸っぱい味わいの料理が想像される。再現したソースを口にすると、東南アジアの料理のような印象だ。

 古典料理の中で、生江史伸さんが興味を持った時代は古代ローマ。フランス料理を含む西欧料理の源流がローマ文明にあると考えたからだ。現代のフランス料理では使われない食材や調味料もあるが、その哲学や調理技法は、ひとりの料理人の成長の歴史にも通じる。たとえば、今回のソースは多様なスパイスやハーブを大量に混ぜる。これを生江さんは、「なりたての料理人みたいですよ。最初はいろいろな要素を入れてみたくなり、そのうち無駄がわかってくる」と言う。ルセットを調べるうち、「主人のために贅を尽くして、おいしい料理を追及する姿勢は、現代のフランス料理店のシェフの気持ちにも通じる」とも気づいた。

素材と調和のとれたソース、付け合わせでフランス料理に とはいえ、ウツボの再現料理の味わいは、フランス料理よりも東南アジアの料理に近い。これをどのようにフランス料理に仕立てたのだろうか。まずは古代ローマの豆料理をガルニチュールにする。ウツボはソースとともに炭火焼きにした。「素材を無駄にせず、ソースは素材との調和を心がけ、ガルニチュールを添える」という生江さん自身が体得した伝統的なフランス料理の規範を、古代ローマのルセットにあてはめることで、自分自身の料理が生まれた。

ウツボの炭火焼とインド風インゲン、コリアンダーと紫蘇の葉、野生の胡椒
ウツボはソースをかけながら香ばしく炭火焼きにする。付け合わせは、ポロネギやコリアンダー、スパイス、ワイン、ガルム、イカスミとともに煮たイカと、ハーブ類を加えて煮たインゲンマメを和えた古代ローマ風の料理を添えている。

アピキウス Apicius 紀元1世紀
古代ローマには、アピキウスと呼ばれた食関連の人物は4人いるが、もっとも有名なのは、ネロ帝時代のマルクス・ガウィウス・アピキウスだ。多くの料理人を雇い、完璧な技法を駆使して、洗練された料理を創造した。料理学校を開き、現存する最古の料理書『ラルス・マギリカ』(別名『デ・レ・コクイナリア』)を記し、当時の基本的な料理を詳述している。紀元64年のローマの大火のあとも、莫大な財産を湯水のごとく費やして有力者を招いた大宴会を催し続けた。そしてもはや盛大な宴を続けるには財産が足りないと悟ると、友人を最後の食事に招き、その後、毒をあおって自殺した。

text:Yukako Ito /photo:Fujio Takashima

本記事は雑誌料理王国第209号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第209号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


SNSでフォローする