6月10日「外食崩壊寸前 事業者の声」と題した緊急提言が、東京・赤坂で行われた。
この日参加したのは大手飲食グループや小規模事業者、サービスマン、バーテンダーの業界団体を含む、飲食業界を横断的に網羅する18団体を代表する事業者で、いずれも、赤字になるとわかりつつも、コロナ禍の終息に向けて協力しようと政府の要請に従ってきた事業者ばかりだけに、その意味は重い。
その趣旨は、コロナ禍の発生から1年数ヶ月が過ぎる中で、3度目の緊急事態宣言下、さらに2度の期間延長を重ねている今回の自粛要請を受けての問題提起。「映画館や百貨店の営業が緩和される中、飲食業界は、何度も各団体が個別に政府に訴えて来たが、具体的な対策は取られないままだった」(食文化ルネサンス・二之湯武史氏)ことから、業界全体で一枚岩になって声をあげよう、と立ち上がった。
「食文化の未来をつなぐ飲食アライアンス」と名付けられたこの団体が訴えたのは、以下の5つの提言だ。
1“禁酒政策”の撤回と厳しい時短政策の緩和を
2第三者認証を明確化し、認証店舗についてはメリットを
3生産者や納入業者も苦しんでいる。支援策の強化を
4アフターワクチンに向け、米国のような大規模経済対策を
5エビデンスにもとづいた飲食店政策を
これまで、飲食業界は、感染経路が不明で、根拠のない状況下でも、「不要不急」「感染拡大の元凶」と名指しされ、忸怩たる思いを抱きつつも、世の中に迷惑はかけられない、と、「約95%の事業者が自粛要請に従って来た」(二之湯氏)という。しかし、今回の3度目の自粛要請では、「これ以上は体力が続かない」と、生き延びるために通常営業や酒類の提供を始める店が出て来ており、要請に従うかどうかの判断をめぐって「業界が分断されてしまっている」(ワンダーテーブル・秋元巳智雄氏)。ただでさえ苦しいコロナ禍で、経済的のみならず、精神的にも厳しい状況が生まれている。
もちろんその一方で、これまでも政府は様々な形の協力金を提供して来た。3月には日本政策投資銀行が500億円規模の飲食・宿泊業支援ファンドも立ち上げてはいる。
しかしバルニバービ・佐藤裕久氏によると「コロナ前は25兆円規模の外食産業が、昨年19兆円にまで落ち込んでいるといわれている中、現状では十分とはいえない」秋元氏も「倒産は数百社規模で、2000軒以上が閉店している。ファンドを作って投資をして欲しい」と窮状を訴えた。
株式会社ウォーターマークの山下春幸氏は、コロナ禍で16店あった店舗のうちの6店を失いながらも、「飲食店が感染の原因になってしまってはいけない」との思いで、一般社団法人日本環境衛生安全機構を設立し、約6500軒の飲食店を対象に、感染対策がきちんと実施されているかの点検・検査を積極的に行って来た。「東京都の場合、都が提案するチェック事項を遵守する店は、虹のマークの感染防止徹底宣言ステッカーを店頭に掲示できる。それだけではなく、最近では感染防止のオンライン研修を受けた担当者がいる店はその上に王冠マークが付くなど、対策の程度に合わせた細かい認証が進んでいる。しかし、どこまで厳しい対策をしようと、一律で「飲食店」と括られ制限の対象となってしまうのでは、認証になんの意味があるのか」と思いを吐露した。感染対策検査の現場では、おそらく、歓迎される場面ばかりではなかっただろう。そんな思いまでしても、いわば、政府の対策がきちんと実行されるように、惜しみなく協力をして来たのだから、ご本人は言葉にしないまでも、その悔しさは容易に想像できる。
また山下氏は、コロナの感染経路は、飲食業が5.8%、職場、家庭内が68.1%、施設等が16.2%という東京都福祉保健局のデータを引用し、きちんと対策をとった現状での、飲食店からの感染リスクの低さの客観的な根拠も提示した上で、「例えば、認証事業者は営業時間を夜9時まで可能にする、アルコールを決まった分量まで提供しても良い、など段階的な緩和が必要だ」と訴えた。
また、出席者からは、それぞれの立場からの状況を伝える、リアルな声が届けられた。
京都でも大きな料亭が次々に閉店に追い込まれている。料亭は個室がほとんどで、菊乃井でもCO2モニター、光触媒による殺菌装置も部屋ごとに配置している。料亭は500〜1000坪の広い敷地を持ち、従業員も多い。日本民族が生み出した究極の食の形だと思うが、一度なくなると非効率な商売なので戻ることはない。京都には伝統的にお茶屋の文化があるが、酒の提供が禁止になれば、当然ながら芸者衆の仕事もなく、お茶屋の閉店も相次いでいる。このままでは京都の魅力が半減してしまう。
自分たちは、料理人でありながらも経営者でもある。レストラン業界全体として、レストランでは、収入が減っているので、給料もボーナスも下がっている。厨房やサービスで働く人たちに将来が見えなくなって、この仕事に未来はあるのかという声も上がっている。若者の仕事場がなくなり、さらに食べる、飲む喜びがない世の中になってしまって良いのか。
今自分たちは、タコが自らの足を食べるように、借金をしてなんとか命をつないでいる状況。政府には色々な金融支援策は用意してもらっているが、基本的には貸付。そうではなく、世界の人が訪れたいと思う、食の都日本を未来につなぐための、投資として考えるようなファンドを作って欲しい。伝承されてきた料理の文化や技術がこのままでは失われてしまう。希望への道筋を見せて欲しい。
今回の夜8時閉店、酒類提供禁止の衝撃は大きかった。今まで自粛要請に従ってきた店も営業せざるを得ない状況になってしまっている。海外とのネットワークも多く、情報が入ってくるが、欧米では基本的にアルコール提供禁止ということはなく、この広さなら何席と、スペースに対しての規制。日本のように時間で縛ると、その時間帯に客が集中し、逆に密になることがあるのではないか。
代表を務める日本ファインダイニング協会は、日本を世界一の美食の国にしようと思って集まっている。食を通じて日本の経済を復興するぞ、という希望を与えてくれながら我慢してくれ、というのならわかるが、オリンピックでも世界から人が来て日本の食を味わうこともできない。日本のアメリカではワクチン接種と共に大規模な経済支援策を行っている。日本の支援策は借金がベースなので、せめて10年くらいの返済猶予がほしい。
私たちがやっているのは、食習慣を食文化にして農業や酒造、調味料の人々と日本を元気にする活動。これまでも、日本の農林水産省など官公庁とともに、日本の食材を世界に伝えようと頑張って来た。レストランは生産者とつながり、田園など、日本の食の原風景も作ってきた存在。未来の見える施策を提案して欲しい。
群馬県で息子やスタッフ、合計7人で米を育てているが、飲食店向けの販売量は7割減、在庫が倉庫にたくさん眠っている状況。しかし、借り入れをしながら給料を払い、田植えを行っている。生産者には、法人で月に20万円、個人に10万円の支援があるが、全く足りない。自分の周りでも、20〜30代の農家の後継者は10軒に1軒くらいしかいない。これが続けば、今後耕作放棄地が増えていくのではないか。米を作る人がいなくなれば、田園風景もなくなってしまう。
酒は神代の時代から造られてきた、日本の文化。美味しい酒と料理を楽しむという、心がほっとする時間が奪われている。一律に禁止ではなく、どうやったら安全に楽しめるかを考えるべき。
飲食業、アルコールが悪という考え方は違うと思う。対策をしながら飲食を守ことはできるはず。酒蔵は経済圏の一員。私の会社を守って欲しい、というのではなく、私たちが属している生態系を守り、皆が前に進んでいけるように模索して欲しい、飲食業が前に進む施策があれば、全面的に協力したい。
インバウンドを旗印に掲げ、食で外国人観光客を呼び込もうとしてきた日本。食材や酒、調味料などの生産者と共に、誇りを持ってそれを支えてきたのが、飲食業界だ。
今回各団体の代表者が集まったのも、これまで業界をまとめ、自粛要請に従うように説得して来た代表者たちが、理不尽な一律要請に従うか否かの判断を巡った内部での分断に苦しみ、ついに声をあげたといえるだろう。その提言は、決して実現が難しいものではない。
「すでに認証やガイドラインはできている。個々の店の対策の程度に応じて、今の規制を緩和して行けば良いというシンプルな話。これまでも提言を行って来たが、聞き入れてもらえなかった。今回の内容は18団体の総意として、訴えを続けてゆくが、より多くの皆様に知ってもらい、支援をいただきたい」(二之湯氏)
コロナ前はインバウンドの旗印として、そしてコロナ禍では納得できなくとも、社会の混乱を避けるためとに、政府の要請に従ってきた飲食業界。感染経路が明らかになりつつある中、社会や仲間に対する後ろ暗さを感じながら、一店、また一店と生き残るためになし崩し的に自粛を勝手に解除するのではなく、条件をクリアした店が、胸を張って、通常営業ができる世の中にはできないのだろうか?業界団体が組織として同じ方向を向ける方が、感染も、明らかにコントロールがしやすいということは、容易に想像がつくのではないか。
届かぬ声を届けるために。山下氏が代表理事を務める一般社団法人 日本飲食未来の会では、以下のサイトから、趣旨に賛同する方からの署名を受け付けている。
会の最後を二之湯氏は「今は難しいが、ゆくゆくは、この『食文化の未来をつなぐ飲食アライアンス』で、サンセバスチャンのように、横に連携をすることで世界に誇る日本の食文化を作ってゆきたい。コロナ禍は、一つになれるチャンスでもある」と未来への夢をつないで締め括った。
コロナ禍が収束したときに、日本は再び「世界に誇る食の都」という旗印を掲げることができるのか。飲食業は、私たちの生活に直結する生態系であり、私たちの祖先が積み上げてきた文化の集大成でもある。業界の現状をしっかりと見極めた政府の判断が求められているといえるだろう。
仲山今日子=取材、文
仲山今日子
ワールド・レストラン・アワーズ審査員。元テレビ山梨、テレビ神奈川ニュースキャスター。シンガポール在住時、国営ラジオ局でDJとして勤務。世界約50ヶ国を訪ね、取材した飲食店や食文化について日本・シンガポール・イタリアなどの新聞・雑誌に執筆中。