コロナは紛れもない災い。しかし、これを機にレストラン業界をよりよい方向に変えることもできる。


見つめ続けた5ヶ月を振り返って、いま思うこと。

「料理に力を注げばいい」ではない時代

お客もメディアも、普段はレストランや料理人の「表」に注目する。どのような料理を作るか。どのような表現をするか。どのようなサービスと雰囲気で、どのような時間を過ごすことができるか、などだ。しかしレストランを営む当事者は、表には見せない部分、経営や労働環境の整備など、いわば 「裏」の部分にも日々取り組んでいる。その裏の部分にどれだけ普段から力を割いているか。また、それがどれだけ手堅く、的確で、健全か。そうしたことが問われたのが今回のコロナ禍だったように思う。

その結果明らかになったのが、「表の評価が高ければお客さまは来てくれる。それでいい」あるいは「料理人は、料理に力を注いでいれば大丈夫」というあり方の限界だ。コロナの影響でレストランに来るお客が減る中、これからも生き残るためには、経営面の安定に加え、労働環境の整備も欠かせなくなるだろう。今までもそうであったが、今後はいっそうシビアに、店としての健全さが問われるようになるはずだ。その一方で、コロナ禍の間の休業、縮小営業に伴い、テイクアウトやデリバリー、配送での料理販売に取り組んだ店も多かった。こうした取組みをした料理人からは「料理店の伸びしろに気づいた」という声を聞く。コロナの危機に後押しされる形ではじめた事柄から、今後の可能性を見出す。そんなプラスの結果を生み出す機会でもあった。

料理人が社会に対して働きかける

コロナ禍の間、これからのレストランのあり方に希望が見えた出来事としては、利他的に行動する料理人の存在感が際立ったことが挙げられる。飲食店の倒産防止をめざして、米田肇氏をはじめとする料理人などが協力し、政府に働きかけることで、家賃補償、雇用者給与の補償の充実を実現した運動。医療従事者に料理を届けることで感謝と応援を伝える 「スマイルフードプロジェクト」。これら料理人による社会的活動が指針となり、今後、社会課題に対して積極的に働きかける料理人は増えるはずだ。
こうした活動はまた、「自分・自店以外」に目を向けることの大切さを多くの料理人に教えてくれた。とくに若い料理人に与えた影響は大きいのではないだろうか。これは、たとえば生産者の立場を理解したり、自然環境と食の関係に興味を持つことにつながるはず。そうした料理人が増え、料理界のなかで一定の存在感を示すようになれば、料理人の活動範囲はどんどん広がっていくに違いない。

「お客に選ばれる」ということは、
「社会に受け入れられる」ということ

なお最も身近で、そしてもっともベースになる社会貢献は、「料理を通してお客を幸せにする」ということではないだろうか。料理人がおいしさを追求するのは、 何よりもお客のため。加えて、おいしいだけではなく、お客の立場を理解し、寄り添う。こうした精神を突き詰める店こそ、結局は、コロナの影響で外食が以前より控えらえるようになるこれからの時代にあっても、お客に選ばれ続ける店になるのではないかと思う。
コロナ禍を経験することで、多くの料理人が「社会の中でのレストラン業界」、そして「社会の中での自分、社会の中での自店の立ち位置」を意識することになったと思う。「どうしたらお客に選ばれるか?」という問いは、「どうしたら社会に受け入れられるか?」 という問いでもある。そうした視点を持つことで、レストラン業界がよりよい方向へ、そして社会の中でより求められる存在へとなってゆくのではないか、と思っている。

text 柴田泉 photo よねくらりょう

本記事は雑誌料理王国2020年10月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は 2020年10月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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