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オーストラリアのガストロノミーを代表するトップシェフ。ダン・ハンターさん


身近にある大地の恵みをフレキシブルに使い、ローカルキュイジーヌを作っていきたい

オーストラリア南東部、ビクトリア州メルボルンから車で1時間半のジーロング郊外。30エーカーの広大な土地にレストラン「ブラー」は建つ。オーナーシェフのダン・ハンターさんは、オーストラリアの自然の恵みを活かした、モダンでコンテンポラリーな料理で注目される、オーストラリアを代表するシェフだ。

今回、「ブルガリ ホテルズ & リゾーツ・東京レストラン(銀座)」主催の美食イベント「Epicurea(エピクレア)2016」のために来日。じつは、そのエグゼクティブシェフを務めるルカ・ファンティンさんとはかつて、スペインの二ツ星レストラン「ムガリッツ」の最強チームとして働いた仲間なのだ。大自然の中で勝負するハンターさんに、ルカさんとのコラボレーションや料理人としてのビジョンを聞いた。

「ブラー」は、オーガニックな環境で育つ野菜、オリーブやベリーの木々に囲まれ、ミツバチが飛び、鶏が放し飼いされる広大な田園の中にある。

理知的な料理より
味を感じてもらう料理が大事

──ルカさんとのコラボレーションはいかがでしたか?

お互いのメニューがうまくフィットし、しかもそれぞれが違う魅力を出せたので、とてもうまくいったと思います。

──アオサのパウダーがかかった「牡蠣アイス」は、とても香りのいいひと品でした。ルカさんが四万十川から入手したものですか?

いいえ、「ブラー」がどんなレストランなのか、私がどんな料理人なのか知っていただきたくて「牡蠣のアイス」を出しました。アオサは、自分で近くの海で採ってパウダーにしたものなんです。料理はインテレクチュアル(理知的)過ぎないほうがいいと思っているので、素材そのものの味や香りを感じ、楽しんでいただけたならとても嬉しいです。

──理知的過ぎないほうがいい、というのはどういうことですか?

モダンコンテンポラリーをやるからには、お客様に刺激を与えるものでなくてはならないから、多少は知的(インテレクチユアル)であるべきでしょうね。けれど、そのために大切な味がなおざりにされているケースもたくさんあります。私の料理は不インバランス均衡であることが特徴で、技を使って知的にしても、味の調和が大事なんです。お客様を知的に料理に引き込みながら、味を伝え、おいしいと感じていただくことが大切だと思っているから。

刺激や新しい味を提供するだけでは足りない。
何時間もゆっくり過ごしていただける
親しみや居心地の良さも提供したい。

22歳で皿洗いから始めたと言うハンターさん。「おかげで、料理や店の運営に必要な知識をすべて身につけることができました。これは、料理人にとって非常に大事なことです。そういう立場からキャリアをスタートできてよかったと思っています」。

──今回のコラボレーションがうまくいったのは、ルカさんも同じ考えだからですか?

シェフにはそれぞれ、自分が作りたいものや伝えたいメッセージがあると思います。重要なのは、お客様が料理を口にした時にうれしくなるような、幸せを感じていただけるかどうかです。それには、なによりも味を大切にしなくてはいけない。その姿勢はルカも同じです

──ムガリッツは、ルカさんにもハンターさんにも、料理人として大事な場所だったのでしょうね。

当時の仲間には、ルカの他に、パリの二ツ星「パッサージュ53」の佐藤伸一さんなどもいて、6人のチームのうち5人は世界の名だたるところで活躍しています。ムガリッツでの時間は、私たちの目を開かせ、自分たちが進むべき道を教えてくれました。ただ、料理人としての可能性を広げてくれましたが、私たちの全てがそこで形成されたわけではありません。そこで得たことを糧に、それぞれが努力を重ねて、自らを高みに持って行ったんです。ムガリッツには、しかるべきタイミングでいたと思いますし、志の高い仲間と出会った大事な場所であることに、変わりはありませんけれどね。

Epicureaでは「ブラー」の人気料理も提供された。そのひとつ「イカ 根セロリ グリンピース 牛脂」。歯ごたえの良い上質のイカ、炭火で焼いたグリンピースと、食材の香り、食感、味が見事なハーモニーを奏でる。

自分が望むすべてが揃う
理想の地に開いたオーベルジュ

──なぜ、わざわざ都会ではなく、地方に店を開いたのですか?

ムガリッツのあるサン・セバスチャンには、近くにいい食材を供給してくれる農家がたくさんありました。彼らと会ううちに、料理人にとってキッチンが全てなのではない、外に出かけていくことが大切なのだと知りました。自分で店を持つなら、食材がすぐ手に入るところでと思っていましたし、仕事だけの生活もしたくなかった。「ブラー」は気候がよく、近くに海もある。農家もいっぱいある。メルボルンや国際空港からは車で1時間半とアクセスもよく、私が望むものがすべてそこにありました。

──不安はなかったのですか?

オーストラリアに帰国して、人口わずか400人の小さな町のレストランで、雇われシェフとして働きました。砂漠に近い辺鄙な場所だったにもかかわらず、ニューヨークなどの海外からもお客様が来てくださいました。それが自信となって、都会から離れた場所で自分の店をやることに不安はありませんでした。

──リスキーとも思わなかった?

初めてのことにはリスクがつきものです(笑)。誰かが先頭を切らなければ物事は変わりません。たまたま、現在のスタイルを始めたのが私だった。でも今では当たり前になっています。「ブラー」のお客様は、8割がメルボルン、残りはシドニーやニューサウスウェールズからで、海外からのお客様も増えています。例えば、シンガポールからは飛行機なら7時間で着きますから、週末を「ブラー」でという方もいますよ。

料理とは、手を使い、
繰り返し作りながら、
理解を深め、
文化への感性を高めること。
学びに終わりはありません。

日本は素晴らしい食材が豊富に揃う国。でも、海外ではそれは当たり前ではない、と話す。

──いま、日本でも、土地の個性を大切にするテロワールの考え方が広がって、都会に一極集中していたガストロノミーが、ようやく地方で根付きつつあります。

私がお世話になっている仕入先は、すべて店から車で1時間半圏内、オーストラリアの南部に住んでいます。手に入らない食材があっても、北部からわざわざ取り寄せたりはしません。いいものがいつでも手に入るというわけではないけれど、それでも、私はローカルキュイジーヌを作りたい。食材にこだわり過ぎず、手に入るものを頭を使ってフレキシブルに使い、調整して料理を提供する。それがいいシェフだと思います。

2年前、ルカさん(左)がハンターさんの店を訪ねてから、再び交友が始まったムガリッツの〝同窓生"。今も刺激し合う大切な仲間だ。

皿洗いから学ぶことは多い。
独立は急がなくていい。

──ルカさんのいる銀座は、全く事情が違いますよね。

東京は世界一流通が素晴らしい。ルカもよい食材を入手する努力をしていて、北海道で朝獲れた魚がその日のうちに届くので全く問題ないと言います。店のある場所によって期待される食は違うので、そのどちらもあっていいと思います。

──オーストラリアの食事情も、以前とは随分変わってきましたね。

ここ5、6年で「食も楽しめる国」になりました。オーストラリアには、日本のような伝統文化こそありませんが、コンテンポラリーなカルチャーへのエネルギーが強い。世界中を旅して戻ってきた若者が、オーストラリアスタイルの文化を生み出し、食の世界も現代的なスタイルへと、加速度的に改革が起きています。

──あとに続く若い料理人たちにアドバイスするとしたら?

インターネットで情報がすぐに入手できるせいか、結果を早く求めたがる傾向があります。短期間で複数の有名店を回って修業したと言う人もいるようですが、それよりも小さなレストランで最低3年、下積みから料理長まで務めた方が得ることは多い。僕は22歳で皿洗いから始めましたが、皿を洗いながら、皿の種類が学べる。これぐらいの規模のレストランには、どれぐらいの皿やカトラリーが必要なのかも学べる。料理人はアーティストではなく職人だから、近道はない。同じ作業を繰り返して真理に気づく。それが文化に対する感性を高めます。私が自分の店を開いたのは2年半前、40代になってからです。独立するのは、しっかりと経験を積み上げてからでも遅くないと思いますよ。

──ありがとうございました。

「Epicurea2016」で出された「和牛ショートリブ ピクルス」。24時間真空調理した和牛と、バルサミコなどを加えたうなぎのタレを使って仕上げたひと品は、土地への敬意や自然とのつながりを忘れないハンターさんの料理哲学が感じられるひと皿だ。

オーベルジュとして宿泊施設を備える「ブラー」は、メルボルンや国際空港から車で1時間半、国内線の空港からは40分。国内外から料理を目当てに多くの人が訪れる。

Dan Hunter

1973年、オーストラリア・メルボルン生まれ。22歳で料理の道を志し、スペインの「Caelis」など、世界各地の名店で腕を磨き、「Mugaritz」では料理長を務める。帰国した2007年から「Royal Mail Hotel」のエグゼクティブシェフを務め、2013年に「ブラー」を開店。オーストラリアン・グルメ・トラベラー誌では 4年連続「Regional Restaurant of the Year賞」を受賞。

Brae
ブラー
4285 Cape Otway Rd. Birregurra, Vic.
☎+61 3 5236 2226
● 12:00~13:30LO(金~月のみ)18:30~20:30LO(木~土のみ)
※12月から、昼は金曜も休み
●コ ースA$190、ワインペアリングA$125、ノンアルコールペアリングA$65 
※12月からコースA$220、ワインペアリングA$130、ノンアルコールペアリングA$65
http://braerestaurant.com/

民輪めぐみ=インタビュー 御門あい=構成 依田佳子=撮影

本記事は雑誌料理王国265号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は265号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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