ジビエ、きのこ、野菜に川魚、その時期ならではの信州を丸ごと味わう オーベルジュ・エスポワール 22年8月号 


東京から車で2時間半、信州は蓼科高原にジビエを愛する人たちの聖地として知られるオーベルジュがある。オーナーシェフの藤木徳彦さんに、どのようにしてジビエなど地域食材に目覚め、どんな思いで日々料理を作っているか、その思いを聞いた。

長野県茅野市。蓼科高原という方が通りがいいだろう。日本有数の避暑地として知られる、この地で1998年から食通に愛され続けているレストラン&オーベルジュがある。それが「オーベルジュ・エスポワール」だ。

取材に訪ねたのは5月下旬。新緑のシーズンで、降り注ぐ陽光の中でやわらかい緑が清々しさを湛えながら、きらきら光る。そこに季節の花々が彩りを添え、信州の豊かな自然を深呼吸できる立地だ。

緑豊かな環境にあり、傾斜を活かした建物は、屋内にいても自然を感じられる。
陽光がさんさんと降り注ぐダイニングルーム。
ゆったりした個室やシガーバー、敷地内には燻製小屋やパン窯も備える。

オーナーシェフの藤木徳彦さんは、東京出身。オーベルジュを始める人は、よりよい素材を求めるうち、地方に移り住んで始めるパターンがほとんどだろう。しかし、藤木さんはそうではない。最初からオーベルジュ運営を念頭に、そのために料理人としての腕も磨いたのだ。

もともとは、ご両親が持っていたこの土地で、ペンションをやる。そのつもりで長野のオーベルジュで働き始めたのがキャリアのスタート。本気でオーベルジュを目指すようになったきっかけは、20歳のとき。フランスへの研修旅行でブルゴーニュにあるオーベルジュに泊まったときのことだ。その頃の日本のダイニングは、サービスは料理を運ぶ人、という位置づけだった。

しかし、フランスで体験したのは180度違う姿勢。素材の出どころや、地元の生産者の話を交えて、メニューの説明をしっかりする。オーベルジュは単に食べて泊まる場所でない、地元の食の魅力を発信するところだと感じたのである。

岡谷市産鰻の赤ワイン煮込みと豚足、フォアグラのパネ 天龍鮎のコンフィのカダイフ巻き クレソンソース
海に面していない長野県だが、川の魚には目を見張るものがある。鰻は、骨も煮込みのソースに使い有効活用。煮汁と赤ワインで作ったソースは下に敷く。新鮮な鮎はコンフィでフレッシュ感を大事にして料理に。クレソンソースで全体を爽やかに。
この日は羊を処理。自分たちで下処理をすることで、食材に感謝し、慈しむ気持ちが強まる。
信州新町産サフォーク羊 骨つきばら肉の煮込みとセルのグリル
ジビエだけでない、食肉に恵まれているのは信州ならでは。仔羊と羊の境の羊を使い、部位により、それぞれに適した調理法で仕上げる。羊のジュをソースに敷いた、羊尽くしの一品。脂も、うま味こそあればしつこさがないので、落とさず提供。

ジビエに初めて出合ったのもこのときだ。鹿や鴨の滋味深い味わいに感銘を受け、自分のオーベルジュも、地元の食材を使った、その土地ならではの料理を提供できる施設にしたいと考えるようになった。

鴨料理は、まずは一羽丸ごと調理した状態をお客様に見せる。
厨房に戻した鴨は、部位に切り分け、それぞれ最後の火を入れてから提供。
無双網で獲った真鴨胸肉のポワレと、手羽とモモ肉の炭焼き ジビエの赤ワインソース
メイン料理の鴨。歯応えがありしっかりした肉質ながら、しっとりとしていて、噛むほどにうま味が増す。大地を感じられるどっしりとした味わいはジビエならでは。芳醇なコクと香りのソースは、他のジビエの余った部分も活用する。

それからは地元の農家を回る日々。地元の畑で作られた野菜は、苦味、うま味、香りがしっかりとある。

同時に、現在の藤木さんのもう一つの重要な肩書き、ジビエの勉強を始める。休みの日にはと畜場へ通い、さまざまな動物を一頭丸ごとさばけるようになった。

そうして、7年半の修業と1年の準備期間を経て、98年、「エスポワール」は開業した。満を持して、のように思えたが、問題はすぐに発生する。

というのも、地元のものが手に入らなかったのだ。当時はネット情報はおろか、道の駅や直売所が盛んだった時代ではない。流通も限られていて、農家が作ったものは決まったルートで東京など県外に出荷されていた。それでも足繁く通ううちに距離が縮まり、野菜を分けてくれるだけでなく知り合いの別の農家を紹介してくれるようになったという。「一見とっつきにくいのですが、いったんつき合いが始まると、とことん親身になってくれたんです」と藤木さん。

自家製シャルキュトリーと信州野菜の盛り合わせ
中央の豚ベースのテリーヌは、豚の舌、フォアグラ、カシューナッツ、クルミ、赤ワインに漬けたレーズンなども混ぜ混んで、複雑な味わいに。フレッシュハーブや、季節の野菜を使ったマリネが脇を固める。

地域を回るうちに、地元の人しか食べないきのこが、呼び方が違うだけで実は西洋料理では珍重されているものだと知る。例えば、夏きのことは、ポルチーニ茸。そして、種類も多い。また、きのこは食べられるもの、食べてはいけないものの区別がつきにくい。地元のきのこの達人に教えてもらい、きのこにも詳しくなった。

八ヶ岳山麓で採った天然きのこのサバイヨン
アカヤマドリタケ、ホテイイロガワリなどのきのこを大きくカットしてたっぷり使用。サバイヨンにきのこのコンソメ、牛のブイヨンなどを加えたソースで合わせる。ソースに加えた白ワインヴィネガーの酸味とはちみつの甘さが全体をまとめる。「蓼科・八ヶ岳周辺は天然きのこが豊富です」と藤木さん。取材日もお店の庭を歩いているとアミガサタケを見つけた。

標高1300mのこの地は冬場はマイナス15℃まで気温が下がり、野菜がまったく採れなくなる。そんな時に地元の人に鹿猟の話をきき、分けてもらって食べるとこれがうまい。逆にジビエは冬が本場。フランスで感銘を受け、すでにある程度は知識も技術もある。これをウリにしようと藤木さんは決心する。

鹿をはじめ、信州ではジビエに事欠かない。量も申し分ない。むしろ、使いきれないほどだ。ジビエに関わるうちにすぐにわかったのは、調理法が知られておらず、かつ肝心の処理方法や衛生面などの整備がなされていないこと。こういった課題を解決すべく、藤木さんは立ち上がった。2007年に制定された信州ジビエ衛生管理ガイドライン策定に尽力し、現在は日本ジビエ振興協会の代表理事も務める。「エスポワール」のオーナーシェフとして腕を振るう傍ら、ジビエの指導や普及に全国を飛び回る日々だ。

食材に精通し、料理に全力を注いでいる藤木さんだが、第一義としているのは“居心地のいい空間を作り、いかにゆっくりしてもらえるか”。「お客様はここに別荘を持つ舌の肥えた方、食材を知ってい
る方が大半。少しでも手を抜くと、厳しいお叱りを受けます」と言う。料理は手段であり、その向こうにいるお客様といかに向き合うかが大事、食材はその根幹を成すものと語る。藤木さんの長野食材と
真摯に向き合う日々はこれからも続く。

アンティーク調の調度品にもこだわり、ワンランク上の休日を演出。
宿泊用の部屋は3室。建物の2階にある。夏休みや年末年始など、決まった時期に泊まるリピーターも多い。
今では少なくなったシガールームもある。ディナーの後のひとときをより満ち足りた時間に。
藤木さんご家族と若いスタッフたち。「エスポワール」にいる間は厨房とサービス、どちらも経験して複合的な視点を身につける。

藤木 徳彦

1971年東京都生まれ。駒場学園高校食物科卒業後、長野県・蓼科高原のオーベルジュで修業を積み、1998年に「オーベルジュ・エスポワール」を開業。一般社団法人日本ジビエ振興協会代表理事でもあり、日本全体でのジビエの普及に取り組む。きのこや野菜などにも精通し、“地産池消の仕事人”として全国各地で地域の魅力を発信するアドバイス、地元食材を使った料理教室や食育講座、大学・高等学校の講師も務める。

長野県茅野市北山蓼科中央高原
TEL 0266-67-4250
12:00~13:30LO、
17:45~19:00 LO
木休(8月は不定休)

text: Noriko Hane photo: Toichi Miura

関連記事


SNSでフォローする