2012年6月、銀座にオープンした「エスキス」を、わずか1年で二ツ星店にしたリオネル・ベカさん。そして、三ツ星「銀座小十」に続き2011年に自らの名を冠した店「銀座奥田」を開き、二ツ星を得た奥田透さん。この二人がコラボレーションし、一日限りの特別コースを披露。日仏トップシェフによる〝五ツ星〟+αに期待が膨らんだ。
シェフのコラボレーションといえば、ひと皿ずつ互いのスペシャリテを出しあうのが一般的だが、二人のシェフは、ひと皿を共に作ると言うチャレンジングな試みに挑んだ。フランス料理と日本料理ーー、ジャンルを超えた融合と創作は可能なのか。「私の料理の原理原則はシンプル。今日獲れた魚、今日採れた野菜、果物、旬の素材を使うということです」と奥田さん。その考えに「まったく同じ」とリオネルさん。料理とは、人間の営みや風土に根ざしたものである、という考え方が共通しているからこそ、コラボレーションはむしろ楽しく、「ナチュラルに進んだ」(リオネルさん)という。
「どんなフレンチでも日本食とうまくコラボレーションできるかというと、そうでもない。ブルターニュや地中海など、海のある沿岸の料理でないと合わない」と、地中海コルシカ島で生まれたリオネルさんは、コラボレーションの鍵を説明する。一方奥田さんは、以前から皿の上の共演に意欲的だったが、実現できる〝パートナー〟に巡りあえずにいた。「油や乳製品を使わないリオネルの料理なら実現できるはず」と感じ、提案を快諾した。そして、奥田さんはひとつの提案をした。
「フレンチレストランではあるけれど、日本料理の流れで料理を出してみませんか」
6種類の前菜から成る先八寸に始まり、お碗、お造り、焼物、ご飯。これをエスキスというフレンチレストランで出そうとイメージした。「完全アウェーの地でやるのだから、まずは思い切り私の風を吹き込んでみよう」と奥田さんは考えたのだ。
各々の分担は奥田さんが提案した。先八寸の6品は、お互い3品を担当。お椀は、まずリオネルさんがスープを作り、それに合わせた椀種を奥田さんが考える。お造りは、「リオネルが考える刺身を」とリクエスト。焼物は魚を奥田さん、肉をリオネルさんが担当し、その付け合せをもう一方が考える。締めの食事は、全体を見て考えよう、というものだった。
なかでも、二人の共同作業の方向性を決定付けたのが「お椀」だった。リオネルさんが先に提案したスープは、まぐろ節とトマトのブイヨン。「僕が生まれた南仏では昔からあるよ」というツナとトマトの組み合わせだが、自家製のまぐろ節とトマトの茎を使った、日本料理のアプローチを感じさせるものだった。季節的に空豆などの野菜をベースにしたスープを予測していた奥田さんは驚いたが、「これがとても旨かった」。このスープのなかにリオネルさんの繊細さ、さらには料理人としての引き出しの多さを感じとった。
「これは出汁そのものじゃないか。しかも、とても繊細でバランスが良い。これを壊さず、リオネルが奏でるメロディに寄り添ってみよう」
ここから奥田さんは「自らの風を吹き込こもう」とすることをやめた。「主張を押し付けてはいけない」と改めて感じたとき、新しい料理が見えてきた、と奥田さんは振り返る。
「リオネルの料理はクラシック音楽だ」と奥田さん。食感や余韻、次の料理につながるアプローチなど、物語を大切にする作曲家のように映った。「私の料理は、ひと皿に魂を込めようとする、ハードロックのようなもの」と奥田さんは微笑む。
それに対し、リオネルさんは「奥田さんは素材に対して深い観察眼を持っている。料理を飾りたてて、騙そうとしたりしない。とてもポエティックで、時にアグレッシブです。僕が考える繊細さとは、自分の想いや、素材に対する謙虚さを表現しようとするときに生まれるもの。その点で二人は共通している」という。「〝締めは蕎麦〟と決めたら、ビールを使うアイディアを提案してきた。終始リオネルの引き出しの多さに驚かされっぱなしだった」と奥田さん。それに対し、「僕のアイディアはほとんどがクズ。失敗するものばかりなんだ。だけども、奥田さんと一緒にやることで、意味あるものになった」、とリオネルさん。
「今回は、日本料理の流れという縛りがあったことで、今までとは違うアングルから料理を考えられたことがよかった。奥田さんの世界観や哲学に寄り添いながら、フランス人的なアイディアのみならず、日本を好きな自分がどうやって素材を扱うか。そこを大切にしたかったんです」「哲学とは、ある考えと考えを結びつけてひとつにすること」とリオネルさん。「奥田透×リオネル・ベカ」という皿の上の出会いは、フランス料理と日本料理というジャンル越え、高みをめざして寄り添うための、新しい料理哲学を感じさせた。
Lionel Beccat
1976年フランス・コルシカ島に生まれる。2006年に東京の「キュイジーヌ[s] ミッシェル・トロワグロ」のエグゼクティブ・シェフとして来日。2012年に「エスキス」のシェフ・エグゼクティブに。
Tooru Okuda
1969年静岡県に生まれる。徳島の「青柳」などを経て、99年静岡に「春夏秋冬 花見小路」を開店。2003年「銀座小十」、 11年「銀座奥田」を開く。12年に「銀座小十」を銀座五丁目に移転。
CUISINE KINGDOM=取材、文 依田佳子=撮影
本記事は雑誌料理王国228号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は228号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。