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トップシェフのハーブの使い方 リオネル・ベカさん


料理の物語性やイメージネーションにハーブとスパイスが深く関わる

リオネル・ベカさん
エスキス

エナジーが感じられる料理に言葉での説明は不要

 幼少期をプロヴァンスで過ごした経験を持つリオネルさん。野生のハーブが生い茂る草原を走り回り、遊んで手に残った草の匂いを今も覚えているという。その手がける料理には、視覚的な調和、味、そして香りなど、感覚を駆使して味わう楽しみがあふれている。

「ハーブとスパイスの役割はさまざまで、料理にひと筋の光を与える、味のベースを作るなど、季節やメニューによっても変わります」 

今回の魚料理は、ハーブのあらゆる要素を詰め込んだパレットのように象徴的なひと皿。たとえば、ハーブを浸したオー・ド・ヴィを使って蒸し上げた真魚鰹は、口に入れると温かい魚から広がる香りに続き、鼻腔からハーブの香りが立ち昇ってゆく。ここで使われているハーブは7〜8種類。それが一体化した香りとして認識される。

「お客さまによって味の感じ方は違うので、サーブするときに我々から詳しくお伝えすることはありません。ただし、召し上がれば料理に込めたエナジーを感じていただけることでしょう。ハーブは大変力強く、気品にあふれ、個性的かつ官能的でもあり、ポエティックなものだと私は思います」

「青草がはじける球」魚の料理、マナガツオ

ハーブを漬けたアルコールで蒸して風味をつけた魚は、皮の表面に乾燥させて刻んだレモンバームをパテ(乾燥による拡散)。ソースは麦味噌とフロマージュ・ブランの発酵食品2種類をベースに、ディルを加えたもの(発酵による拡散)。カブの漬け物の下にはアーモンドとブロッコリーのピューレが隠れている(繊維を壊すことによる拡散)。コリアンダーの花でアクセントを加えたのは、イチジク酢と塩でマリネしたシソの葉(酸味による拡散)。

発酵、繊維の破壊、酸味との融合、乾燥と、ハーブ使いの多様性をひと皿に凝縮

ソースの麦味噌とフロマージュ・ブランにディルを加え5日間寝かせ、発酵させる。
オー・ド・ヴィーを蒸気の元とすることで、ハーブの香りを魚に移す。
1週間ハーブを浸けたオー・ド・ヴィー。 7~8種類のハーブを使う。

個性的な風味や味は自然界からのメッセージ

「その昔、人間は本能的に匂いを嗅ぎ分けて必要な植物を食べる動物たちを見て学び、ハーブやスパイスを食生活に取り入れました。その特徴的な香りひとつひとつが、すべての動物の脳にシグナルを送っている。つまり、ハーブやスパイスとは、どう食べるべきなのか最初から決まっているものなのです。だから私は、どんな食材を合わせるかで迷うことはありません」

 ハーブとスパイスに共通するのは、ひとつひとつの味や風味が際立っていること。リオネルさんは、スパイスを大きなものと小さなものとで使い分けている。大きなものとは、黒カルダモンやアニスなど、種子が皮に包まれているタイプのことで、長時間液体に漬けて、ゆっくり香りを引き出していく。

「ここで大切なのは、香りは奥深いところから引き出すけれど、液体につける香りはあくまで軽やかにするということです。これは、非常にデリケートな方法です」

「イベリコ豚の料理」では、肉に時間差で2段階の香り付けを施している。まず、プルーンとスパイスのペーストを塗ることで、プルーンの糖分が肉内部の水分と一緒に、臭みや不要なものを外へ出す役割を果たす。次に、スパイスを漬けたアルコールの中に肉を入れて香りを移す。こうして豚肉らしさを残しつつ臭みが消え、スパイスの香りが重層的に訪れる味わいへと変貌するのだ。

「これらのスパイスは舌の上で味わう場所が違うので、砂糖による拡散と液体による拡散という別の方法で段階的に味をつけます」

 リオネルさんは、日本やアジアのスパイス、ハーブも使う。そこに何かルールはあるのだろうか。

「その質問への答えとして、7月に新しいレストランをオープンします。日本人にフランス料理とは何かを理解していただくには、10年はかかることでしょう。日本人の考えるフランス料理は、フランス料理のごく一部にすぎない。それが垣間見えるような店にしたいと考えています」

「彼の地の香り」イベリコ豚の料理

表面にプルーンとスパイスのペーストが残るイベリコ豚(糖質による拡散)。紫イモのマッシュポテトには発酵バターとギネスビールを使い、イモの甘味とビールの苦味のコントラストを楽しむ。ビーツの塩釜焼きは栄養素を逃さず凝縮させる調理法で、味わいを補完し合う2種類のコショウを塩と混ぜることで、ビーツそのものにスパイスの風味がしっかり入り込む(塩による拡散)。4種の炊いた米とともに散らしているのは、ジュニパーベリーを使ったサブレ(脂肪による拡散)。

糖分とアルコールの成分が同じ肉に2段階の香り付けを施す

プルーンと黒カルダモン、スターアニスのペーストを肉の表面に塗る。糖分が水分、臭い、不要な成分を出す。
ペーストを落とし数種類のワインとスパイスを混ぜた中に肉を入れて30分加熱。
2種類のコショウとグロセルでビーツを包み塩釜焼きにしてオーブンで2時間ほど焼く。

Lionel Beccat
1976年生まれ。フランス・コルシカ島出身。ミッシェル・トロワグロのブラッスリー「ル・サントラル」を皮切りに料理の道へ。26歳で「メゾン・トロワグロ」でセカンドシェフに。2006年オープンの「キュイジーヌ[s]ミッシェル・トロワグロ」では、ミッシェル・トロワグロ氏からの任命により来日、エグゼクティブシェフを務める。2012年「ESqUISSE」オープン。

エスキス
ESqUISSE
東京都中央区銀座5-4-6 ロイヤルクリスタル銀座9F
03-5537-5580
● 12:00~13:00LO、18:00~20:30LO
● 日夜休
● 46席


田中英代=取材、文 宇都木章=撮影

本記事は雑誌料理王国第264号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第264号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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