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【トップシェフからのメッセージ】名店「タイユバン」のシェフを断った男の哲学


フランスの地方都市で、ミシュラン二ツ星を守り続けるシェフの成功哲学。

ジル・トゥルナードルさん

Gilles Tournadre
1955年、フランス・ルーアン生まれ。15歳でプロの道へ進み、パリの「ルキャ・カルトン」などで修業。29歳の時に名店「タイユバン」のシェフの座を断り、故郷ルーアンで「レストランジル」をオープン。ミシュラン一ツ星を獲得後、90年には二ツ星となり、現在まで二ツ星を守る。

レストランを車に例えれば、料理がモーターで店が車体。
トータルのサービスが、おいしさの印象を決める

フランス北西部、ノルマンディー地方の古都ルーアン。中世の街並みが残り、ジャンヌ・ダルク終焉の地、印象派を代表する画家モネゆかりの地として有名なこの街に、ジル・トゥルナードルさんは﹁レストラン ジル﹂を開き、20年以上ミシュラン二ツ星を守る。8年間、兵庫県芦屋川畔の「メゾン・ド・ジル芦屋」で、髙山英紀シェフとともにその味を提供してきたが、2月に同店は「メゾン・ド・タカ芦屋」に生まれ変わる。2015年11月、ジルさんに感謝する賞味会が開かれたのを機に、地方での経営にこだわり、店を成功させてきたシェフの哲学をうかがった。

イタリアンからフランス料理へ
時代の波が再び戻ってきた

──初来日は、1989年だそうですが、その頃と今とでは日本の料理は変わりましたか?

25年以上、毎年1回は日本を訪れていますが、大きな流れとしては、90年代に入って日本にイタリア料理の波がきたという印象。でも最近はまた、その波がフランス料理に戻ってきていると感じます。


──それはなぜだと思いますか?


幸いにして、私は日本で料理を作る機会に恵まれ、日本のみなさんから﹁おいしい﹂と評価していただいた。その理由は、日本人の味覚のベースとなる日本料理が、常に素材を大事にして敬意を払っているから。フランス料理も同じ。手間を惜しまないフランス料理と日本料理には共通する部分が多いと思う。だからこそ、日本人は、フランス料理に戻ったのではないかと思います。

──最近の料理の傾向についてはどうですか?


ここ数年、分子ガストロノミーと呼ばれる科学的な調理法がもてはやされてきました。けれども今、フランス料理で、ある意味、最も新しいのは、それとは真逆のクラシック。ソースをしっかり味わうノーマルな料理です。料理には、良い食材、良い素材が重要で、つまり、自然がないと料理は成り立たない、という考えになってきていますね。


──より自然の素材を大切にするようになってきていると?


そうです。ただ、料理の世界はデザインと味の2つの道に分かれています。私は味の道に行く。そこははっきりしていますが、デザインの道へ進めば、否応なしに科学的な素材を使うことになります。でも、その道をどんどん突き進んでいくのはどうかなと思います。日本料理でも、分子ガストロノミーに流された料理人
は少なかったように思います。自然を大事にするという価値観を貫いているからでしょうね。

料理は、モードではなく現実に即して変化させるもの。変化したといっても、フランス料理なのだ


──ジルさんが料理で大切にしていることは何ですか?


食材を噛み締める喜びを味わうことが料理だと考えています。神様からせっかく歯を与えられたわけですからね。私は、自然の食感を大切にしたいので、調理では科学的な素材を使わず、温度や食材の自然な力を利用する基本的な作り方を大切にしています。でもそれは、私自身の料理に対する考え方のひとつであって、他のやり方を否定しているわけではありません。料理に対するアプローチの仕方や、味に対する感覚は、それぞれ違いますから。


──日本のフランス料理についてはどう感じていますか?


フランスも日本も大きな違いはないですね。日本のフランス料理人の多くは、フランスでしっかり学んで帰り、日本の食材を適応させて料理を作っています。つまり、モード(流行)に合わせるのでなく、環境などの現実に即して料理を変化させざるを得ないわけですが、フランス料理の基本は変わりません。それは、フ
ランスでも同じです。

細かい過程にはこだわらない。
良い食材があれば、それでいい。
結果はすべて皿の上にある。

──29歳のとき、パリの「タイユバン」のシェフの座を断って、故郷のルーアンにレストランを開かれましたね。その理由は?


パリでは8年以上働きましたが、両親の住む故郷で店を開きたいと思ったのです。国際的で情報にあふれるパリは、客層も、お客さまのキャパシティも広く、短期間で有名になり、成功できる機会も多い。でも、長続きするかどうかはわかりません。一方、田舎は、地元の人間として受け入れてもらえるまでに時間が
かかります。しかし、いったん顧客になると、レストランをずっと支えてくれる。それまでは大変な苦労がありましたけど(笑)。

地方都市でレストランを成功させるための要素とは


──日本ではまだ、地方でフランス料理店を開くのは厳しいです。

地方では、大きな工場があるとか、人が働く中心地があったり、歴史的建造物など観光の要素がなくては、レストランを維持するのは難しいでしょうね。それはフランスでも同じ状況で、そうでないと料理の値段をうんと下げなくてはならず、本当に作りたい料理が作れないというジレンマに陥っていきます。


──ジルさんは、どうやって乗り越えたのですか?


私の場合は、地元のお客さまが支えてくださるだけでなく、ルーアンは特殊な地で、中世から続く歴史があり、印象派の名画の舞台でもあり、国内外から観光客がたくさん訪れます。また、「ルレ・エ・シャトー」※1に入っているので、外国からのお客さまも来られる。こうした三重の支えがあって、店がうまく回って
いると思います。


──料理だけでなく、経営には客観的な判断が必要ということですね。

もうひとつ、地方のレストランが考えなくてはいけないのは、アルコールの販売です。フランスでも飲酒運転の規制が厳しくて、店でワインやアペリティフが売れなくなりました。料理だけでは売り上げは望めないので、お酒も飲めるように、宿泊施設を備えたオーベルジュにしなくては、田舎で本格的なレストラン
を経営するのは難しいでしょう。

「メゾン・ド・ジル芦屋」のフィナーレを飾る特別賞味会で、ジルさんが手がけた「赤座海老のミキュイ グレープフルーツのヴィネグレット」。マンゴーとパパイヤのチャツネが添えられた、繊細で鮮やかなひと皿。


──日本でもオーベルジュは注目されていますが、食材にこだわって田舎を選ぶ人も増えています。


良い食材で料理をすることが当たり前になってきたのは、いい傾向です。ただ最近は、産地や生産者にこだわることが、ひとつの流行になっていますね。個人的には、そこまでする必要はないと思っています。最終的に良い食材で料理が作れたら、それでいい。だから、私の好みを理解して良い食材を集めてくれる地元の八百屋や市場に出かけます。食材のために時間をかけるより、良い料理を出すための仕込みに時間をかけたいからです。


──料理人として、最も大切にしていることは何ですか?


おいしいかどうか判断するのは、食べる人の総合的な体験に左右されるし、いろんな要素で変化します。料理が素晴らしくても、楽しくなければおいしく感じないし、気の合う仲間となら、どんな料理もおいしく感じるでしょう? レストランのオーナーとして、総合的に料理を提供することが大事だと考えています。レストランを車に例えれば、料理と店は車体とモーターの関係です。モーターである料理だけではだめで、車体である店の雰囲気やサービスも味の印象を決定づける大切な要素です。

黒いカレーの香るナスのビュレとカボチャのニョッキを添えた「ビュルゴー家 シャラン
鴨のエギュイエット タンドリー風味」。深秋を五感で楽しませるジル哲学が表現される。


──サービスで肝心なことは?


にこやかなこと。サーブする人の態度によっては、失敗しても許そうと思えるでしょう? 何か起きた時にフォローし、補うことがサービスの重要な仕事。例えば、最近増えている、食品アレルギーのあるお客さまへの対応も。それには、厨房とサービスの連携が欠かせない。厨房との窓口になるデシャップが同じフロア
にあることも、サービスには重要ですね。


──最後に、若い料理人にメッセージをお願いします。


料理人は、本当にすばらしい仕事です。遊ぶ時間はないかもしれないけれど、人生の全てが学べる。それが料理人の道だという自覚を持って、情熱を持って仕事をしてほしい。


──ありがとうございました。

レストラン ジル
Restaurant Gill
8-9, quai de la Bourse 76000 Rouen
☎+33 (0)2 35 71 16 14
● 12:00~13:45、19:30~21:45
●日 ・月休
● シェフのおまかせコース 98€~
アラカルトもあり
● www.gill.fr

民輪めぐみ=インタビュー 御門あい=構成 上仲正寿=撮影

本記事は雑誌料理王国259号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は259号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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