6種類の水の使い分け「日本らしい」フランス料理の現在形


店で使う水は、純水に近いレベルになる浄水器、スペースシャトルでも使われているというRO浄水器、カルキだけを抜く浄水器、そして庭に自分で掘った井戸、そして車で30分ほど離れた山に汲みに行く水、炭酸水は、軟水の優しい味わいがアクの少ない地元食材と相性が良いと言う、奥会津金山 天然炭酸の水を使っている。

例えば、「福島県産海苔、福島県産神経締め魚」は、生海苔がのったフランで、自ら市場に行って目利きする、上質な鯛やスズキなどの神経〆の白身魚で作ったコンソメがベースになっている。そのコンソメを引く水は、素材の味を引き出す山からの湧き水。「野〆の魚なら、血が入っていてアクが出るので、しっかりアクの取れる硬水の方がいいですが、どうしても硬い味になる。軟水を使っても、神経〆して放血した、アクが少ない魚を使えば、軟水の丸みがありつつも、雑味のないコンソメが取れるのです」と語る。

また、磐梯山の伏流水で育てた「亀の尾」も、育った環境に戻してやるようなイメージで、こちらも山の湧き水で炊く。メヒカリのフリットの衣には、奥会津金山 天然炭酸の水を使い、カリッと仕上げる。「軟水の炭酸水だからこそ、素材の味を邪魔しない衣の味になる」という。

「福島県産メヒカリ、福島県産人参」

「福島県産メヒカリ、福島県産人参」メヒカリはいわき市の魚でもある。状態の良いものを自ら選んだ大振りのメヒカリは、ホロホロと崩れる柔らかな身とカリッとした衣のコントラストが楽しめる。人参は3時間かけて炒めて甘味を引き出している)

この地に店を開いて22年。フランスから帰国して2年間は、大手企業で商品開発の仕事をしていた萩シェフ。「『フランス料理として美味しくする』方法は知っているつもりです。でも「バランスの取れた味」は「どこにでもある味」になりがち。せっかく自然豊かな場所に店があるのなら、折々に自然がこの土地に与えてくれるもので、今の季節をそのままに感じられる、ここでしか食べられない料理を作ろう、そう考えるようになったのです」。

「それに、まとめる方向ばかりの料理を作っていると、挑戦をしなくなるから」と付け加えた萩シェフ。その時その時で状態が異なる季節の食材と向き合うことは、自分自身への終わりのない挑戦でもあるのだろう。

「牡蠣、福島県産白菜」

今朝どりの白菜を3時間かけてキャラメリゼするまで熾火で焼き上げ、薪で軽く焼いて表面の水分を飛ばした牡蠣と合わせて。

「その土地にあるもの」は食材にとどまらない。例えば、ワインペアリングのワイン。印象的だったのは、ふくしま逢瀬ワイナリーの「ヴァン デ オラージュ ソーヴィニョン ブラン」と表面を軽く炙った脂の乗った鯖との組み合わせ。鯖などの青背の魚は、ワインとのペアリングが難しい。血に含まれる鉄分が、ワインの成分と結合して臭みになってしまうためだ。
しかし、萩シェフはオリーブオイルで作った自家製マヨネーズに蕪の葉のピュレをからめ、ソレルの芽を散らしたものを、このワインと合わせて提供した。オリーブオイルの油分で魚の臭みを感じさせないだけでなく、複雑なレイヤーを織りなす緑の香りと、ソレルの酸味のアクセントで、一見穏やかなこのワインの複雑味を引き出していた。

「いわき産鯖」と「ヴァン デ オラージュ ソーヴィニョン ブラン」のペアリング

次ページ:『ないもの』ではなく『あるもの』をいかに美味しく、と考える萩シェフのフランス料理のあり方とは


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