日本でジビエがまだあまり知られていない頃から、依田さんはジビエ料理に取り組んできた。おいしいジビエ、失敗しないジビエのポイントは? 技と知恵を教わった。
「ひと筋縄ではいかないのがジビエの面白いところ。一度足を踏み入れたら、抜けられないんです」
「ルセット」のオーナーシェフである依田さんは、この冬、初めて獲れたアナグマを捌きながら楽しそうに語り始めた。1990年代初め、日本ではまだジビエが珍しかった頃からジビエに取り組んできた。当時、カウンターに並べられた野鳥を目にしたゲストの反応は賛否両論。火入れの難しさから「ジビエの王様」とされるベキャス(山シギ)を勧めても、「ベキャスってナニ?」と首をかしげる人がほとんどだった。
それから25年近く経った。今では、「ベキャスが食べたい」と、予約を入れるジビエ通のゲストが増えた。「ジビエのシーズンになると、いつもより頻繁に来店してくださるお客さまもたくさんいます」と依田さん。長い時間を要したが、シェフの念願通り「ルセット」は、ジビエの名店として名を馳せるようになったのだ。
依田さんがジビエを始めたきっかけは修業時代に遡る。フランス人シェフの作る料理が新鮮に映ったのと同時に、その奥深さに魅せられた。ジビエは自然の恵みだから、家禽のような安定感がない。ハンターの下処理ひとつで味が良くも悪くもなる。しかし、「やりがいのあるテーマを持つことは、料理人にとって不可欠。」依田さんは、自分に対する挑戦のつもりでジビエを続けてきたのだ。
最近のジビエブームに刺激を受け、これからジビエにチャレンジしたいという料理人を対象に、講習会なども開いている。初心者が、まず注意すべき点は、「あまり手を広げず、鹿や猪から始めるのがいいでしょう」とアドバイスする。鹿や猪は肉質が豚や牛に近いため、比較的調理しやすい。あれもこれもと欲張らず、ひとつずつ極めていくのが失敗も少なく、ゲストを失望とさせないポイントだと言う。
「鹿や猪を調理できるようになったら、今度はクマ。これに慣れたら野鳥-―。鶏に近い肉質の白身の野鳥から始めて、赤身へと移行していきます。赤身はまず、小さなコガモから。ハトやライチョウなどを経て、最後にベキャスに到達するというようにイメージして進めてみてください。」そして最後は「ジビエの女王」とされるウサギ。ウサギには独特の香りがあるので、特にその処理の仕方が難しいとされる。
技術を磨く一方、研究熱心で仕事の丁寧なハンターと知り合うことも大切だ。依田さんは、獲った後の処理の仕方で肉の風味がまったく変わることを身を持って体験してきた。今、信頼しているハンターのひとりは高知県の熊谷猛男さん。今日のアナグマを獲ったのも熊谷さんだ。「今回は毛付きのまま届きましたが、きれいに皮をはいだ状態で送ってくれるようにお願いすることもできます」と依田シェフ。皮付きの理由を熊谷さんに問うと、「アナグマの毛を加工業者に頼んで毛皮にし、それをひざ掛けにしているレストランもあるので、毛付きのまま送ってみました」とのこと。
アナグマの肉を観察すると、熊谷さんのハンターとして実力を証明するかように、うっ血もまったくなくきれいな状態だ。届いたら、冷蔵庫の風の当たらない場所で1週間熟成させてから捌く。
「熊谷さんのアナグマは非常に丁寧に処理されていましたが、ハンターの処理が適切でないと、ところどころ黒くうっ血してしまい、そこから急速に腐敗して血なまぐさい肉になってしまう」と依田さん。この状態の良いアナグマの肉を、シェフは塩とコショウだけしてグリルしようと決めた。クマの肉の旨味は厚めの脂にあるので、脂をこんがりジューシーに焼き上げるのが良い。
「ツキノワグマもよく使います。赤身部分は牛肉に似た味わいで、そこに豚肉の脂身が付いているような感じ。味わい深いんです。」アナグマの肉質はツキノワグマに近いので、ロース肉を同じように焼き、圧力鍋でやわらかくしてからじっくり煮込んだ小さなクマの手も添えた。肉球のプリプリとした食感は、豚足にも似た歯応え。ジビエ好きにはたまらないのだ。
アナグマのロース肉のグリエとクマの手 ポートワイン煮込み
表面をカリカリに焼き上げた甘みのあるジューシーな脂身がクマの肉の醍醐味。味付けは塩、コショウでシンプルに。手前がクマの手で、プリッとした肉球の食感とロース肉の食感の違いも楽しいひと皿。
クセがなく脂身に旨味のある肉はグリエにも煮込みにも向く
仕留めてから1週間ほど熟成させてから、モモ、ロース、バラ、前足、後足などに切り分けて調理する。今回のアナグマは高知県産を使用。レストランではロースやモモを焼き網やオーブンなどで焼くのが一般的だが、野菜と一緒に煮込み料理にしてもよく、猟師料理として知られるものにタヌキ汁がある。タヌキに比べてアナグマの肉のほうが臭みがなく、おいしいとされる。
クマの手は圧力鍋でやわらかくなるまで加熱してから、赤ワインとフォン・ド・ヴォーの中で煮込む。添えるソースは、甘みのバランスを見ながら、赤ワインとポートワイン1:1を煮詰めて作る。
「アナグマのロース肉のグリエとクマの手 ポートワイン煮込み」では、ロース肉全体を中火で焼き、最後に脂身の表面を強火で焼いて仕上げる。
今回の「ベキャスの赤外線ロースト」と同じく種子島産のベキャスを使った依田シェフのジビエ料理。盛り付けひとつで印象ががらりと変わる。
熊谷さんが運営する「百獣肉追山屋」から届いた猪肉はグリルや煮込みに。
ツキノワグマも比較的使いやすい食材だ。
山ウズラは、ジビエを食べ慣れていないゲストにも勧めやすい。1歳以下の若鳥をペルドロー、それ以上をペルドリと呼び、山ウズラ料理といえば、ふつうベルドローを使うことが多い。
鹿児島県で網獲りにしたコガモ。コガモは渡り鳥で気候の変化に敏感。温暖化による影響でコースを変えるのか、ハンターによれば、獲れない年も多いという。
STEP 1 初心者は鹿や猪から手掛けてみる
鹿や猪は生息する場所によって肉の硬さや香りが異なるので、初心者は蝦夷鹿などのクセの強いものは避けるようにする。鹿肉はローストや赤ワイン煮込みなどが一般的で、猪肉はローストのほか、ポトフ、すき焼きやぼたん鍋にも。鹿や猪の次はクマにチャレンジ。クマもローストや煮込みにする場合が多い。
STEP 2 野鳥は「白身」からスタート
山ウズラやキジが「白身」に分類される。鶏肉とほぼ同じで肉にほとんどクセがないので、野鳥の初心者でも失敗なく調理できる。山ウズラを使った料理としてはローストや蒸し焼きが一般的。キジはローストチキンのように丸ごと焼いてもいいし、鍋料理やポトフ仕立てにしてもおいしい。
STEP 3 野鳥の「赤身」を研究してみる
コガモ、ライチョウ、ハト、ベキャスなどが「赤身」に分類される。小さくて比較的クセのないコガモから始めて、次はハト、香りがきついライチョウや、身が薄いために火入れが難しいベキャスは、そのあとにマスターしたほうがよい。いずれもローストで提供することが多い。
STEP 4 難易度の高いウサギにチャレンジ
野ウサギは臭いがきついうえにパサつきやすいので調理しにくい。この場合、ラパンと呼ばれる飼育されたウサギは含まない。ラパンのほうはクセがなく、鶏肉のような白身で調理しやすいのだ。野ウサギを使った代表的な料理として挙げられるのが「リエーブル・ア・ラ・ロワイヤル」。
ウサギは日本ではあまり馴染みのない食材だが、欧州各国や米国では盛んに食べられている。ジビエシーズンの市場にはウサギの肉が並ぶ。
生まれ育った高知県で狩猟を始めて6年。もともと狩猟や農業は趣味で、収穫したものは知人に配っていたが、技術が進歩してくると収穫量が増えてきて、人にあげるだけではさばききれなくなった。「いつの間にか本業になってしまったんです」と熊谷さん。現在も「安全でおいしいものを届けたい」「ほかの肉よりジビエのほうがおいしいと食べてもらえる肉を提供したい」という当初からの思いは変わらず、そこがシェフたちに信頼される点だ。「家禽と違いジビエは天然のものだから、多少臭みが強くても仕方ない」との説明で、下処理の不十分さをごまかすハンターも見てきたが、そうした言い訳だけはしたくない。そこにジビエが普及しない理由があると考えるからだ。
熊谷さんの強みは、本当においしいジビエの味を知っていること。罠を仕掛ける場所や仕留める場所によっても、ジビエの味は大きく異なるのだ。「同じ猪でも、人家の近くで生ゴミをあさっている猪と山の幸を食べている猪とではまったく味が違います。たとえばドングリを食べている猪は、格別の風味でおいしい。とくに脂身は低温で溶け、とてもなめらかな味わいです」。
取り扱っているのは、鹿、猪、アナグマ、ハクビシン。罠のほか、グループで山に入って獲物を追い詰める「巻狩」と、ひとりで山に入る「忍び猟」で獲物を仕留める。基本的に小型のジビエは生のまま、大型のものについては真空パックで発送するが、条件が合えば大型でも生のまま発送している。
罠にかかったアナグマ。アナグマはフルーツが好きなので、罠に仕掛けるエサはミカンやビワなど。
ハクビシンの好物もフルーツなので果物でつるが、甘くて油分のある食べ物が大好きなので、ドーナツなどを仕掛けることもある。
猪肉同様、「ハクビシンの肉は、焼いても煮てもおいしいですよ」と熊谷さん。
犬だけを伴って山深い道を分け入り、「忍び猟」をすることが多い。
猪肉は解体後、部位別に真空パックにして発送している
百獣肉 追山屋
☎090-9771-1115 FAX0887-23-9339
1960年、大阪生まれ。大学卒業後、フレンチの世界へ。「ルポンドシエル」のほか、大阪や神戸のレストランで修業。90年「レストランre・ci・pe」をオープン。2000年には、その隣に「ルセット」を開いた。
上村久留美=取材、文 村川荘兵衛=撮影
本記事は雑誌料理王国258号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は258号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。