トップシェフが料理人を志したこのひと皿。野﨑洋光さん


ふぐ刺し
野﨑洋光 「分とく山」

「ただ漫然と働くなら作業。 その中に楽しみを見出すのが仕事なんです」

ふぐ刺しは、私にとって切っても切れない縁で結ばれたひと皿です。私は最初、栄養士をめざして専門学校に進学したのですが、そこで出会った、食料経済学の講師の先生にご馳走になったふぐ刺しが、栄養士から料理人に転向するきっかけとなったのです。生まれて初めて食べたふぐ刺しは衝撃的でした。世の中にこんなに美しい料理があったのか。料理人はなんて華のあるカッコいい仕事なんだ。「これぞ男の仕事だ」と、舞い上がって兄に電話したほどです(笑)。料理長となった今でも、魚の中で一番上品な味がするのは上等のトラフグだと思っていますよ。

楽しみながら学び、 働いたことが実を結ぶ

修業時代は一日16〜17時間も働くこともありましたが、楽しかったですね。包丁を研ぐ時にも、刺身を引くイメージを思い描きながら手を動かしたり、上の人たちが何を要求しているのかと、先へ先へと考えを巡らせたりとかね。カウンタースタイルのふぐ料理が評判の「とく山」で料理長になったあとも、毎日40人分くらいのフグを引き続けましたが、 緊張感を保ち続けるのがおもしろかった。美しく仕上げるには単に薄いだけでなく、精神を統一して包丁を引かないとダメなんです。
ただ漫然と働いているだけでは「作業」に すぎない。働くことに楽しみを見出せば「作業」が「仕事」になり、やがて実を結びます。勉強もそう。カロリー計算の方法や地産地消の考えなど、かつて学んだ栄養学や食料経済学が、今の仕事に役立っています。「無駄なこと」はひとつもないものなんです。

text Toshie Shimizu  photo Haruko Amagata

本記事は雑誌料理王国2011年3月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は2011年3月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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