科学の専門家に聞く「料理人が知るべき温度」


料理人に必要な「温度」の知識とは何なのだろうか。サイエンスの視点から、料理人が知るべき温度を専門家に聞いた。

Hiroya Kawasaki
2004年京都大学大学院博士後期課程修了後、味の素株式会社食品技術開発センター、仁愛大学人間生活科学部(食品学、講師)を経て、現在、味の素株式会社イノベーション研究所に所属。講演や執筆活動も行う。日本料理ラボラトリー研究会会員、日本料理アカデミー理事。『料理のアイデアと考え方』(柴田書店)など、著書多数。

料理人に必要なのはサイエンスに基づく技術

「料理を作ることは、デザインのひとつである」。味の素株式会社イノベーション研究所の上席研究員、川﨑寛也さんは、そう考えているのだという。

「デザインとは何かを示すときに、『イスのデザイン』というたとえがあります。普通のデザイナーのデザインは流行りのイスをちょっと変えただけ、よいデザイナーは、座るとはどういうことか、という本質から考えてデザインする。それによって、まったく新しいものができるという話です。それは、料理にも通じる話でしょう」

 料理はアートだと言う人は多いが、アートは受け取る側に問題提起をする側面もある。しかし、料理は違う。客に首を傾げたまま帰ってほしい料理人は稀だろう。

「料理に大事なのは『おいしい』こと。なので、アートではなくてソリューションを提供するデザインのほうが、概念としては合うと考えています。本質を見出すことに適しているサイエンスは、デザインのツールになります。だから、料理人にはサイエンスが必要なんです」

 目の前のひと皿を、理由もなく過去のレシピをアレンジして作っていないだろうか。よい料理人に必要なのは、科学的な考え方に基づく技術で料理を作り出せる力であることを、心に留めておいてはいかがだろうか。

「温度のデザイン」で理想の料理を作り出す 

理想の料理を作るために必要な温度は、左で表した3つの条件から成り立つと考えてよいだろう。”何のために”温度をコントロールするか、すなわち「温度をデザインする」ことは、料理を作る工程においてとても重要な考え方だとわかる。それぞれの条件についての詳細は後述する。

【温度のデザイン1 】感じさせる温度を知る

<人が温度を感じる仕組み>

温度は口腔内の温度受容器で感知され、三叉神経を通って脳に情報が伝わる

口に入れたものの温度は、味や香りを感じるのと同様に、口腔内の温度受容器、すなわち口の中の温度センサーのようなもので認識されている(下図)。ただ、一部の食材では、実際の口の中の温度は変わらないのに、熱い、冷たいと感じることがある。それは、物理的にではなく化学的にも、人は温度を感じることがあるということを示している。

「今はデジタルで温度管理ができますが、それだけで調理をしてしまうと『味』はできても『味わい』はできません。鴨肉を最後にフライパンで焼く、サワラをサラマンダーで炙る、というふうに、仕上げはアナログで、かつ高い温度で食材の中の熱をぐっと沸かせる。そうすることで料理に熱さや旨さが生まれるんです。料理は生き物ですから、そこを大事にしたいですね」。

味覚と嗅覚の仕組み
© 川﨑寛也

温度の感じ方が変わる食材
・トウガラシ
トウガラシに含まれるカプサイシンは、43℃以上の温度に応答する温度受容器を活性化するため、口の中が熱くなったように感じる。
・ミント
ミントに含まれるメントールは、25~28℃の温度に応答する温度受容器を活性化するため、口の中が冷たくなったように感じる。

<温度と味>

口の中に、甘味・塩味・酸味・苦味の入った液体をそれぞれ入れた時、口の中の温度が22~32 ℃で感度が最高になることが、これまでの実験などからわかっている。感度が最高ということは、たとえ弱くても味を感じる、ということだ。素材の味は調味料ほど強くないため、素材の味を活かしたい料理の場合にはこの温度帯を活かすとよいだろう。食べる時の温度をコントロールすることで、味の感じ方をも左右できるのだ。

例1 寿司

左のサーモグラフィで見ると、シャリは27℃。この温度では、シャリの甘味を強く感じる。ネタでは車エビなども、27℃くらいの温度で甘みを強く感じる。
シャリとネタの温度をコントロールして組み合わせると、感じさせたい味の握りを提供することができる。

例2 ペアリング

10℃の水5mlで口をゆすいだ時、口の中の温度は27℃まで下がる。また、55℃の水5mlで口をゆすぐと、口の中の温度は43℃まで上がる。
料理の前のドリンクで口の中の温度をコントロールするという、料理の味の感じ方を踏まえたペアリングができる。

【温度のデザイン2 】成分と構造を作る温度を知る

<温度と食材の成分・構造>

食材が持つ成分や構造は、温度によって性質が変化する。以下に、食材ごとの成分や構造の温度による変化を大まかにまとめた。食材の持つ複雑な成分や構造の変化は、調理中に同時に起こる。これを知っておくことで、料理人が食材をどうするために調理をするのか、理由を明確にすることが大切なのである。

*PME (ペクチン硬化酵素)
図版作成:川﨑寛也

<温度は保存できない>

温度は保存できないが、提供するタイミングの温度を想定してコントロールすることは可能だ。提供までにかかる時間はもちろん、カトラリーや皿の温度、空調の温度を管理することで、温度の変化は最小限に抑えられる。これも、温度をデザインするうえでは知っておくべきことだろう。

温度が下がる▶▶▶
香気成分の揮発が抑制され、油脂の流動性が落ちる。たとえば、温かいスープなら、冷めることで香りが弱くなったり、なめらかさがなくなったりして、味わってほしい味が損なわれてしまう。

温度が上がる▶▶▶
想定外の香気成分の揮発が促進され、油脂の流動性が高まる。たとえば、魚介の刺身などはぬるくなると素材の生臭さが出てきてしまい、ゼラチンで固めたものは溶けてしまうといったことが起こる。

【温度のデザイン3 】調理する温度を知る

<温度と調理技術>

食材が持つ成分や構造が、温度によって変化するものであることを知ったうえで、調理技術を選ぶ。以下に、加熱媒体と調理技術の温度の関係を大まかにまとめた。食材にどの温度変化を与えることができるか、そしてどのような状態にしていくのか、それを踏まえての調理技術の選択は、調理するうえで重要である。

図版作成:川﨑寛也

<加熱 温度を選択する>

調理技術を選択する、すなわち加熱温度を選択するための判断は、料理の仕上がりをどのような状態にしたいか考えることを必要とする。たとえば、表面にメイラード反応を起こしたいか、筋線維同士を離したいか。素材の特性、加熱する温度、イメージする状態に到達するまでの加熱時間を総合的に選択することで、食べさせたい状態へと仕上がりをコントロールすることができる。

素材 × 温度 × 時間 → 仕上がり

肉を加熱したとき
オーブンなどで高温、短時間で加熱した場合。中心部はタンパク質が固まる前のジューシーでやわらかいロゼの状態。周囲は筋線維が破壊されて旨味があり、表面はメイラード反応を起こして香ばしい状態になっている。
低温、長時間で加熱した、いわゆる低温調理の場合。表面に近いところから中心部まで、ほとんどがタンパク質が固まる前のジ ューシーでやわらかいロゼの状態。表面のみ、筋線維が破壊された状態で旨味がある。

図版作成:川﨑寛也

澤 由香(本誌編集室)=取材、文 増田 慶=撮影

本記事は雑誌料理王国2019年4月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は 2019年4月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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