国産の羊肉は希少である。国内に流通する羊肉のうち国産はわずか0.6%。一般の家庭ではほとんど食卓に上ることはなく、プロでも国産の羊を使うことができるのは、星がつくようなごく一部のトップシェフのみ。そうした極上の羊肉は、北海道から送り出される。国産羊肉の実に50%以上が北海道で生まれ育った羊なのだ。北海道で羊に生き、羊と暮らす、5人の羊飼いに会うため、「羊SUNRISE」の関澤波留人さんとともに北海道は道東へと飛んだ。
羊飼いを生業とする人には、ちょっぴり変わった人も多い。
前述の通り、羊飼いは儲かるとは言えない商売だ。にもかかわらず、誰もが自らこの世界に飛び込んでいる。物事の決定プロセスが多くの現代人とは決定的に違うのだ。
「ゴーシュ羊牧場」の草野秀剛さんも象徴的な一人である。横浜に生まれ、大学は理化学系の学部でマスターを取得。企業に就職し、SEとして4年間働いた。
しかし、羊飼いになった。
理由を聞くと「会社員時代、ジンギスカンを食べ過ぎて」とクスリと笑わせる。だがその裏には「生き方として魅力的だった」と本音で答えても相手の理解が得られない、そんな経験があったのではないか。
草野さんは哲学する人だ。
羊飼いになろうと決意し、29歳で会社を退職。帯広畜産大学に入学した。ゼミではモンゴルに行き、羊のある遊牧民の暮らしも体験した。そんなとき白糠の「羊まるごと研究所」の酒井さんと出会う。
目指す道を往く先人との知己を得て、実践を積むため草野さんは大学を退学した。白糠に寝泊まりできる廃バスを見つけて住みつき、2年間酒井さんのもとで修業を積んだ。
独立したのは2009年、33歳のとき。土地を整備し、古い建物や牛舎を東京出身の奥様と二人で修繕した。一昨年、十勝を地震や台風が襲った時には建物の養生や修繕作業に追われた。
創業から10年が経ち、繁殖用のメス羊は100頭にまで増えた。羊種はサフォークやポール・ドーセット、毛の質にも定評のあるチェビオットなどを導入している。毛刈りから糸紡ぎなど羊毛への愛情の深さは師匠譲り。取材時にも自ら編んだカーディガンを着ていた。
草野さんは、生き物としての羊と対峙している。
そういえば師匠の酒井さんも「草野くんがラム、ホゲット、マトンの違いについて、いい整理をしていたから、聞かれるといいですよ」と激賞していた。さて、その違いとは?
「一般的には、1歳未満がラム、1~2歳がホゲット、2年以上がマトンと言われますよね。もしくはニュージーランドのように永久門歯の数が基準とされる」
確かに誰に聞いても、そうした説明をされる。「でも羊飼いという立場からすると、その説明は本質からズレています。経済動物である羊が2歳以上まで飼われるということは、母羊としての能力を見込まれ、特別な育成をされてきたということ。最初から食肉にするため、とにかく餌を食べさせてきたラムやホゲットと、母羊として生産活動を行ない、その役割を終えたマトンは次元の違う生き物なんです」
マトンの味わいに生き物としての深みをたどり、生産の背景に思いを馳せる。それは「いただきます」と手を合わせる国で、忘れてはならない心構えなのかもしれない。
ゴーシュ羊牧場
北海道河東郡上士幌町居辺東17線268番地
MAIL shugo@shepherd-gauche.com
text 松浦達也 photo 岡本寿
※本特集で取り上げた牧場は観光牧場ではありません。取引申し込みや見学等に際しては事前連絡の上、牧場主の了承を得たのちに訪問してください。
本記事は雑誌料理王国2020年3月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は2020年3月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。