「0.6%」を支える北の羊飼い#5 足寄より、羊肉の王様を追求する職人 石田直久/石田めん羊牧場


国産の羊肉は希少である。国内に流通する羊肉のうち国産はわずか0.6%。一般の家庭ではほとんど食卓に上ることはなく、プロでも国産の羊を使うことができるのは、星がつくようなごく一部のトップシェフのみ。そうした極上の羊肉は、北海道から送り出される。国産羊肉の実に50%以上が北海道で生まれ育った羊なのだ。北海道で羊に生き、羊と暮らす、5人の羊飼いに会うため、「羊SUNRISE」の関澤波留人さんとともに北海道は道東へと飛んだ。

足寄より、羊肉の王様を追求する職人
石田直久 石田めん羊牧場

 サウスダウン――「羊肉の王様」と言われる羊だ。

 足寄の「石田めん羊牧場」の石田直久さんは「肉の繊維がきめ細かく、旨みも風味も群を抜く。とにかくおいしい」とこの羊に惚れ込んでいる。

 もっともサウスダウンは、羊飼いにとっては悩ましい羊でもある。

「特に困るのが、育児放棄体質なんですよ。サウスダウンの親は出産すると、その直後に仔羊から離れようとする。それゆえ繁殖力に欠ける側面があります」

 羊飼いにとって、2~3月の出産シーズンは寝る間もないほど忙しい。だがサウスダウンと関わる石田さんはこのシーズンになると哺乳瓶を持って、仔羊にミルクをやらなければならない。よりによって繁忙期に生産者の睡眠時間を奪っていく羊種なのだ。

 石田さんも手をこまねいているわけではない。例えばサウスダウンの血統を4分の3、他の羊の品種を4分の1の比率で掛け合わせると、違う特徴が現れることがあるという。

「実際、他の品種を交配させたなかには、出産後に仔羊の面倒を見る羊もいます。そういう羊が増えてくれるとありがたいんですが」

 そう言って苦笑いした石田さんは「それでも一番大切なのは味」だと言い切る。

生後間もない仔羊が休む羊舎には護衛犬。以前は自家食用の豚「豚汁」や「ベーコン」を飼っていた。

 現在、卸している羊も「品質にブレがないよう」サウスダウン75%以上の羊のみ。

 石田さんは2001年の新規就農者で、2008年には加工場を設置し、「羊」ではなく「肉」になった後の味や色、キメなどを確かめるようになった。

「僕が生体の羊を見ていいと思っても、取引先のレストランのシェフや、仕上げをお願いしているサカエヤの新保(吉伸)さんがどう感じるかは、また別の話。理解を進めるには 羊 だけでなく 羊肉 もしっかり見る必要があると感じたんです」

 牧場内に加工場ができたことで、体のさまざまな部位を活用できるようになった。特定危険部位として法律で禁止されている部位以外はすべて加工できているという。

 さらには羊毛や羊皮の活用も視野に入るようになってきた。肉質の良さで知られるサウスダウンだが、実は羊毛も「緻密で品質がいい」と定評がある。石田めん羊牧場では羊毛布団として加工・販売しているという。

 現在、羊皮はムートンや羊皮紙、革製品などに利用されているが、「一頭の羊の命を丁寧にいただく」ため、産品をさらに充実させていくという。

 実はこの日関澤さんが背負っていたリュックは羊の皮で作ったものだった。それもなめした皮は石田さんの羊、ポケット部分の起毛は「羊まるごと研究所」の羊というコラボアイテムだった。近年ではBOYA FARMの安西さんや羊まるごと研究所の酒井さんと、羊の毛刈り大会「ジャパン・シェアーズ」で情報交換する姿も見られるという。

 国産羊にとって、50年以上に渡って続いた長い冬。しかし必ず春は来る。長い冬の帳を破るのは、北海道にて羊飼いという夢を実現した型破りな移住者たちだったのだ。

馬や牧羊犬など牧場には多様な哺乳動物が暮らす。

石田めん羊牧場
北海道足寄郡足寄町中矢7-1
TEL/FAX 0156-25-6150


text 松浦達也 photo 岡本寿

※本特集で取り上げた牧場は観光牧場ではありません。取引申し込みや見学等に際しては事前連絡の上、牧場主の了承を得たのちに訪問してください。

本記事は雑誌料理王国2020年3月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は2020年3月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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