「一年を通して旬のものがある貝類は、季節感を重んじる京料理の世界に欠かせない食材です」とご主人の梶憲司さん。夏はアワビやサザエ、冬は二枚貝と姿を変えつつ、四季や行事を表現している。「魚を主役に据えていても、コースの緩急をつけるために貝は必須。赤貝やミル貝などは彩りも愛らしく、懐石に花を添えてくれます」と、貝料理の重要性を説いてくれた。
和食の基本は守りつつ、柔軟に料理の創作を続ける梶さんは、つねに独自の料理を探求中だ。「今の季節なら、土佐酢を緩く加熱しながらおろしリンゴを加え、赤貝とセリ科のハマボウフウを和えたものも好評です。家庭ではできない和食を楽しんでいただきたいですね」と梶さん。
店では幅広い価格設定ながら、どのコースも全品と品数が多い。使用する食材の数も多くなるが、梶さんは毎朝自分で市場へ出向いて選ぶ。
貝の場合は持つと重く、決め手は音や感触にあるという。「よいハマグリは叩けばカチンといい音がしますし、赤貝を振ってみてコロコロするものはダメ。必ず自分で試します」と梶さんは食材へのこだわりを語る。
【帆立貝】ホタテガイ
■ 英名/scallop
■ 分類/イタヤガイ科
■ 旬/冬から春
■ 特徴/おもに北海道や東北地方で漁獲される寒海性。養殖も盛んだが、海中で自然のままに飼育するため、天然ものと変わらない品質のものが多い。生後1年未満の稚貝から5年ぐらいまで幅広く流通しており、主流は2 ~3年もの。アミノ酸、グルタミン酸、コハク酸など旨味成分に富むうえ、肉質が淡白なので多彩な調理法に向く。なかでもグルタミン酸による独特の甘味は貝類には珍しい。貝柱や貝ヒモは乾物としても重用されている。
2月はホタテ貝が旬。干し貝柱のだしと、甘味を増すために軽く炙った身を巧みに生かした贅沢な土鍋ごはんは、ホタテ貝の持ち味を余すところなく味わい尽くせる。コースの締めのごはんは名物のひとつだが、もしも余れば持ち帰り、翌日、味がなじんだところをいただくのもいい。
ごはんにつきものの汁物には、千葉県産の地ハマグリと京タケノコ、ウド、菜花などの春野菜を炊き合わせ、潮仕立てで供する。さっと火を通した立派なハマグリのだしは、ひと足早い京都の春の味わいだ。
干し貝柱と昆布を酒と水にひと晩漬けて戻し、3時間蒸し器にかけて丁寧にとっただしで、ほぐした貝柱と米を炊き込んだ。少々の淡口醤油と塩だけを加えて貝の旨味を際立たせたごはんの上には、表面をさっと炙って甘味を増したホタテ貝をたっぷりと。梅肉の酸味と三つ葉がアクセントとなる。
梶 憲司さん Kenji Kaji
1959年静岡県生まれ。埼玉、東京で和食を学んだ後、本場の京懐石料理を学ぶために京都へ。京都・西陣の料亭「天㐂」(てんき)など数店を経て、京都北区の料亭「千寿閣」に入店し15年間勤務、総料理長を務める。2001年7月に独立。
text:Aki Fujita /photo:Toshihiko Takenaka
本記事は雑誌料理王国2011年3月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は 2011年3月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。