最も食味がよいという、天然もので3~7kg以上の大きさがあり、見た目も状態もよい最上級のふぐだけを使用し、20品もの創作料理に仕立てるカウンター割烹が日本橋にオープン。それが、完全会員制のふぐ専門店5店舗を運営する「大阪とらふぐの会」が、同社初となる非会員制の新店舗として誕生させた「人形町 喜見」です。斬新で驚きに満ちたふぐ料理の数々とは。
「日本人とふぐのつきあいは、縄文時代にまで遡るんです。貝塚から、ふぐの骨が出るんですよ。僕たちのご先祖様は実に1万年以上前から、ふぐの美味しさを知っていたんです。ご存じの通りふぐの肝臓と卵巣には猛毒がありますから、食べて死んじゃう人もいた。けれど、その美味しさをあきらめきれなかったご先祖達は以降もふぐを食べ続け、世界的にも稀有な“ふぐを安全に食べる食文化”を築き上げたんです」
天然とらふぐにはそれほどの美味さがあると、開口一番、ふぐへの熱い思いを語るのは「大阪とらふぐの会」代表の澤原將人さん。10代の頃からその魅力に取りつかれ、以後、ふぐ料理一筋。選び抜いた最高のとらふぐだけを提供する会員制の店舗を経営し、今や17万人もの会員がいるそうです。11月29日に東京・日本橋にオープンした新店舗は、初の非会員制店舗。完全予約制でその魅力を120%堪能できる“極上の天然とらふぐコース”を提供すると、澤原さんは胸を張ります。
さて。ふぐと聞いて思い浮かぶ料理と問われれば、てっさ、てっちり、から揚げ。それ以外のものを食べた記憶がないというのが、正直なところです。
そんなふぐ初心者たる私の前にまず供されたのは「ふぐと松茸のスープ」。ふぐのアラを3時間以上低温で炊いたスープが、カットされた松茸が入ったグラスに注がれました。たちのぼる松茸の香りとしっかりとしたうま味に、胃も心も? ほぐれてゆくよう…
飲み終わったグラスが下げられると、折敷に置かれたふぐのイラストに気づきます。よく見ると、そこにはふぐの部位名が書き込まれていました。サメ皮の下がとおとう身(皮下組織)、身皮(身のまわりにある薄皮)、上身です。体の上にある黒ひれの下がうぐいす(いわゆるエンガワの部分)、下にある白ひれの下が白うぐいす。ここは特に、鮮度が落ちると真っ先に味が落ちるとのこと。さらにくちびる、まぶた、ほっぺ、かまに腹身。初めて見る図です。今まで、ふぐの部位を意識して食べたことがなかった私ですが、料理長の小高 見さんによると「以降の料理はすべて、部位ごとの食味を生かすために考えたもの」だそう。
続いて天然とらふぐのカラスミ。卵巣を3年以上樽で塩漬けした珍味ですが、これも自治体の条例により製造ができる地域、できない地域があるそうです。供されたものは福井産で、ボラのそれとはまた違うコク。1時間前にさばき、ワインセラーに入れ味を引き出した身は、向付に。続くてっさは、海水と柑橘、梅酢をあわせた柑水(こうじみず)と4種類の柑橘をベースにしたオリジナルのポンス、それに澤原さんが「謎肝」と呼ぶある魚の肝が添えられていました。この肝をそれぞれの薬味にまぜつつ食べる刺身の美味しさに、カウンターのゲスト一同、唸りました。
「とらふぐの肝の美味さを、どうしても皆様にも感じてもらいたい。そんな思いから、極めて似た味わいのものを探して探して見つけたのが、この肝。魚種? それは秘密です笑」と、澤原さん。
そしていよいよ「大阪とらふぐの会」のスペシャリテ、焼きフグが登場。これも、カマの塩焼き、身皮、とおとう身、腹身、上身、うぐいす……と、部位ごとに味付けを変え、直火で香ばしく焼かれたものが次々に運ばれてきます。さらに、サメ皮のにこごりを包んだ春巻きにほっぺのから揚げ。にんにくやスパイスなど、いままでのフグ料理では登場しない新しい味と部位ごとに異なる食感が相まって、経験したことのない「ふぐワールド」が広がります。
「魯山人が“ふぐの美味さは絶対的なものだ”と書き残していますが、実はその“美味さ”が掴みづらいのもまた、ふぐなんです。うま味成分が圧倒的に多いので、逆に個性が見えづらい。だからこそ、そのうま味をいろんな形で提供できると思っています」(澤原さん)
しゃぶしゃぶ、てっちり、雑炊でコースが終わるころには、カウンターに並んだゲスト全員が澤原さんの言う「ふぐの面白さと多彩な美味しさ」に納得。
知っているようで知らないとらふぐの多様な美味しさを、本当に満喫できるフルコース。ぜひ、体験してみてください。
人形町 喜見
東京都中央区日本橋人形町1-5-5 芳町ビルB1
TEL:03-6810-9337
営業時間:17:00~22:30LO(火・土のみ営業)
https://tora29.com/
text:奥 紀栄(料理王国編集部)