食の未来が見えるウェブマガジン「料理王国」

「自分の店を持つ」ということ。「ラ・ブランシュ」田代和久さん


1986年、35歳の時にこの店をオープンしましたから、今年で25年目です。20代で料理の世界に入ってから、いわゆる「一国一城の主」になりたい、とずっと願ってきました。ですから、修業を始めた時代から、夢の実現のために、少ない月給の中から少しずつ貯金をしていました。そうやって貯めたお金は、開業まで大切にとっておき、資金に充てました。100万円ほどでしたけれども、僕には1000万円くらいの価値に感じました。お金を触る時に手が震えましたからね。

開業の時に実感した人々の温かさと積み重ねてきた信頼

自己資金に、金融公庫や銀行からの借入金を加えて、合計で2000万円弱の借金をして、この店を始めました。でも、不安よりも自分の店が持てたことがうれしくてうれしくて。青春時代からの夢でしたし、そのためにいろいろなことを我慢してきたのですから。店を出す時には、保証人になってくれた友人や、店のクロスやカーテン、そして印刷物を作ってくれた友人もいました。

宝くじに当たれば、すぐに1億円でも用意できるかもしれない。でも多くの人からこうやって好意を寄せていただくことは1日ではできない。青春時代からの貯金も、人々の信頼も、すべて積み重ねて生まれたことです。

オープン当初のお客さまは1日1組くらい。3カ月後には、フランスで修業していた時代の友人の紹介などで、次第にお客さまが増えていきました。その頃の料理に対する情熱と友人たちへの感謝の気持ちは今でも変わっていません。

開業18年目くらいですかね、長く続けていくって大変だな、と実感したのは。長い間には、正直、店がつぶれるんじゃないかな、と思う時期もありましたよ。それ以上に、自分は、料理に対するモチベーションをこのまま保ち続けていけるのかな、と不安になったこともあります。だから、僕よりも1年でも長く店を続けているシェフのことは、心から尊敬しますよ。長く続く店で大切なことは、よく繁盛店の条件としていわれる「立地条件」とか、それだけじゃないんですよね。

日々の努力はこの店を巣立ったシェフたちへのオマージュでもある。

店の主やスタッフの真剣な気持ちが伝わってこない店は楽しくないし、そうするとお客さまはその店に行きたいと思わないんですよ。たとえ、常連のお客さまであっても、今日は今日一度きり。明日は来られるかわからない。一発勝負と思って、自分の力を出し切って料理を作り、接客をしなければダメです。

これはうちを巣立ったスタッフたちにも伝えてきました。うちで修業をしてから独立したシェフも何人かいます。彼らのためにも、自分は毎日、情熱を込めて料理を作り、お客さまに出しています。大切なのは「今、自分が何を作りたいのか」ということを明確に意識し、それを出していく、毎日悔いのない生き方をするということです。それがうちで働いてくれたスタッフたちへのメッセージというのかな、むしろ、オマージュ(敬意)です。

お客さまのためにひと皿に情熱を込めるという気持ちがあるうちは、自分はまだ続けられる。店を「ラ・ブランシュ(=白)」と名付けたように、つねに真っ白な心で感動のある日々を送っていく。これが僕の原動力です。

2年前の改装の際「内装を変えないで」と言う常連のお客さまが多く、彼らの店でもあるのだなと、実感しました。

伊藤由佳子=文・構成 天方晴子、伏木 博=写真

本記事は雑誌料理王国190号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は190号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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