Yuji Wakiya
1958年北海道生まれ。(株)Wakiya代表取締役、オーナーシェフ。赤坂「山王飯店」などを経て、96年「トゥーランドット游仙境」代表取締役総料理長に就任。2001年「Wakiya一笑美茶樓」、08年「GUEST HOUSE Wakiya」を開業。02年から海外のチャリティ活動にも積極的に参加している。
振り返ってみると、私の修業時代でもっとも勉強になったのは最初の年間でした。私は中学卒業後、すぐにこの道に入りましたが、この間は鍋洗いや食材の準備などの下働きばかりで、鍋を振るどころか包丁さえ触らせてもらえませんでした。初めの頃は料理を作りたくて悶々とした日々を送りましたが、もし修業のスタートから技術一辺倒だったら、周囲が見えなくなってしまい、料理人にはなれてもオーナーシェフへの道は厳しかったでしょうね。
修業の第一歩は、技術よりもまず全体の流れ、チームの動きをつかむことです。なぜなら、この力がオーナーシェフになったときに人を動かす基礎となるからです。そのため「背中に目、耳はウサギ」と、よく先輩たちに言われましたが、私も最初は意味がわからなかった。でも、1年半くらいして、鍋を洗いながらも周囲の人の動きや気配に神経を尖らせるようになったのです。そうすると料理を寄せるお玉と鍋のカンカンという音で、ああ、でき上がりが近いから皿を用意しようといった、自分の果たすべき仕事が自然とわかってきました。
つまり、全体の流れを把握すれば、スムーズに気配りをすることもできます。この気配りが周囲からの信用を得て、後のチャンスにつながるのです。「あいつは頑張っているから新店に抜擢してやろう」とか、上に立つ者はちゃんと見ています。そもそも身近で働く先輩や仲間に気遣いできない人間が、後輩やお客さまに気遣いできるわけがないですから。
ところで、包丁にも触らせてもらえない3年間でしたが、この間の「欲求不満」が後の技術の伸びにもつながりました(笑)。鍋洗いをしながら先輩たちの技術をちらちらと横目で見て、片栗粉ひとつまみでも、煮込みは炒め物よりも水分を少なく濃いめにつまむとか、同じスープでも夏と冬では濃度を変えるなど、見て学びました。言葉で教えてくれないところに重要なポイントがありましたね。
さて、その次のステップは、「1年先輩をめざせ、それを追い越したら2年先輩をめざせ」です。ただ、その際に欠かせないのが素直さ。たとえば、3人の先輩の教えがそれぞれ違っていても、反発せずにまずはすべて受け入れる。自分が料理長になったときに、それらのよいところだけを残し、自分の考えを加えればいいんです。修業時代はスポンジです。周囲をよく見て、先輩のよいところは何でも吸収し、それをしっかり貯めておく。そして、オーナーシェフになったときにぎゅっと一気に絞り出すのです。
人間は人との出会いによって成長するものです。私もフランス料理の石鍋裕さんに出会って、経営者としての視点を教えられました。2002年からは海外のチャリティイベントに参加して、各国のシェフから刺激を受けています。こうした人との出会いを大切に、さまざまなことを吸収していってください。
最後に、新人の皆さんへのエールもこめて、雪の大地から顔を出す春の芽吹きをイメージした
Wakiya一笑美茶樓
東京都港区赤坂6-11-10
03-5574-8861
● 11:30~14:30 LO、17:30~22:00(土・日・祝21:00)LO
● 無休
text by Toshie Shimizu photographs by Masahiro Goda
本記事は雑誌料理王国第186号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第186号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。