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食と映画#3 映画「ノッティングヒルの恋人」でブラウニーが示すもの


イギリスの映画制作会社のワーキング・タイトル・フィルムズ/Working Title Filmsといえば、1990〜2000年代にラブコメ(英語だとromantic comedy、略してrom com)のヒット作品を多く手がけたことで知られています。

そのきっかけとなったのは、1994年に公開された『フォー・ウェディング』(原題:Four Weddings and a Funeral)です。
予想しなかった世界中でヒット。
これを受けて、同じ脚本家リチャード・カーティスと俳優ヒュー・グラントのコンビで、戦略的に世界市場へと打って出たのが、1999年公開の『ノッティングヒルの恋人』(原題:Notting Hill)だったのではと考えます。

ブラウニーは1990年代後半のイギリスの食シーンを反映

『ノッティングヒルの恋人』の中で、友人たちの集まりでブラウニーが登場します。
残ったひとつのブラウニーを、「不幸自慢」でもっとも不幸だった人が勝者となって、食べる権利を獲得するというシーンで、です。
「いちばん不幸」とされ、最後のブラウニーを食べることになったのは、ジュリア・ロバーツ演じる、ハリウッドのスター女優のアナでした。

通常、イギリスで気軽なティータイムであれば、ビスケットが登場するのが定番です。
実際の生活でもそうです。家庭ではたいがいビスケットのストックがあります。

しかし、ここで登場したのは、アメリカ合衆国を代表するお菓子のひとつ、ブラウニー。
この時期はブラウニーがイギリスでもおなじみになり始めた頃です。
ですから、『ノッティングヒルの恋人』で見られるブラウニーは1990年代後半のイギリスの食シーンを切り取ったお菓子ともいえます。

映画が公開された1999年は、イギリスにスターバックスが上陸した翌年です。
スターバックスを通じてブラウニーを知った、初めて食べたイギリス人がいたであろうことは想像できます。

『ノッティングヒルの恋人』はアメリカ市場を意識しているので、アメリカ人になじみのあるお菓子を出したい一方で、当時の「今の気分」を感じさせるお菓子も登場させたい、
それがブラウニーだったのでは、と推量できるのです。

今ではブラウニーはイギリスでもすっかりおなじみ

1990年代後半からイギリスでコーヒーショップは一気に加速しました。
いまだにイギリスを「紅茶の国」としてのみ語る向きがありますが、実際のところ消費量は減っています。
その一方で、現在のイギリスの街は、チェーン店をはじめ、良質なコーヒーショップが多く点在しています。

ブラウニーはアメリカ系コーヒーショップの定番菓子ですが、ブラウニーはコーヒーによく合うので、そのルーツを問わずイギリスのコーヒーショップには必ずあります。
現在、ブラウニーがイギリスで一般的なお菓子となったのは、1990年代後半以降、コーヒーショップが加速度的に増えた結果と考えて間違いないでしょう。

家でコーヒーを飲む人も増え、スーパーマーケットやベーカリーでもブラウニーは売られています。
イギリスの食イベントや料理クラスに参加すると、コーヒーや紅茶、ハーブティーなどのドリンクともに、ちょっとつまめるものが提供されることが少なくありません。そこでブラウニーは、ビスケットやミニデニッシュなどと並んで、提供されるほどポピュラリティーを獲得しています。

『ノッティングヒルの恋人』の舞台となった書店。ヒュー・グラントが冴えない書店主 ウィリアム を演じた。

文=羽根則子

食のダイレクター/編集者/ライター、イギリスの食研究家。出版、広告、ウェブメデイアで、文化やレシピ、技術、経営など幅広い面から食の企画、構成、編集、執筆を手がける。イギリスの食のエキスパートとして情報提供、寄稿、出演、登壇すること多数。自著に、誠文堂新光社『増補改訂 イギリス菓子図鑑』など。


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