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祖父と祖母がつくったレストランを受け継ぐ「レストランキャンティ」


祖父の代から続く家族経営
店と一緒に受け継いでいく食文化
レストラン キャンティ ◉ 川添隆太郎さん

祖父と祖母が作ったレストラン。57年もの歴史を持つレストランを受け継ぐ時、受け取った思いとはなんだったのだろうか。現オーナーである川添隆太郎さんに伺った。

始まりは街場に作った自宅サロン

東京・麻布台。飯倉片町の交差点近く。57年もの間佇む「レストラン キャンティ」は、日本のイタリア料理レストランの草分け的な存在だ。数々の著名人が通い、レストランとしても、文化交流の場としても、一流であることを貫いてきた。「私の祖父母である川添浩史と川添梶子が始めた店です。もともとは、『光輪閣』という社交場の支配人を祖父が務めていました。その役目が終った時に、調理場の人間が働ける場所がなかったというのも理由だったようです」そう話すのは、現在のオーナーである川添隆太郎さんだ。
「ふたりは社交的で、カギをかけたことがないくらい、24時間365日、人が来るような家だったそうです。ちょうど、来客のもてなしが大変になってきたところだったのもあり、自宅のサロンを街場に作ったというのがスタートだと思います。『レストラン』という感覚は、当時の彼らにはなかったんじゃないでしょうか。あと、当時は戦後10年くらいだと記憶してるんですが、ふたりとおつきあいのある海外の方が、来日した際に行くところがなかった。そういう時代背景があってこその必然もあったと思います」

父が亡くなったことが後を継ぐきっかけだった

創業者夫婦は川添さんが物心つく前に他界しているため、直接は話を聞くことがなかった。しかし、ふたりの作った「レストラン キャンティ」の話は、両親や、長く勤めていた従業員、そして、ふたりをよく知る常連客からも、幼い頃から聞いていたのだそうだ。そうした環境のなかで、ごく自然に後を継ぐ気持ちが芽生えていたのだという。具体的に川添さんが店を継ぐことになったのは、父親の他界が理由だった。「今から8年ほど前、父(2代目・川添光郎さん)が他界して代表取締役社長になりました。それまでも店のことはやっていたので、とくに仕事の内容は変わらないのですが、父であり社長であった人の後ろ盾がない。自分が最終責任者になったというプレッシャーは、父が亡くなってすぐ感じるようになりましたね」
しかし、家族で長年経営しているからこそ、子供の頃から川添さんを知り、通っている客も多い。親子三代で通うケースも珍しくないそうだ。代替わりしたときには、客からも励ましの言葉をもらったという。「偶然なのか必然なのか、仲良くしていただいているお客さまがたくさんいらっしゃいます。お客さまのような、仲間のような。もちろん、お客さまといってもいろいろな方がいるので、ここから仲がよい、という線引きはできません。長くお付き合いのある方、よくご来店いただいている方はもちろん、今、お付き合いのある大事なお客さまが大勢いらっしゃるので、代替わりもそれほど意識せずにいられたのだと思います」長くそこにある店ならではの、客との強い結びつきが、よい形でこの店を支えているのだろう。
また、港区麻布台という土地柄、外国からの観光客も多いという。「祖父母の時代には、パーソナルなつながりで海外の方がいらしていましたが、最近では、観光客の方、外資系企業の方、大使館にお勤めの方など、さまざまな形でいらっしゃいます。時代とともに、お客さまも幅広く、多様化してきました」時代とともに、客や店、街は変わっていく。そんななかで、「レストランキャンティ」は、変わらぬ佇まいを保っているように見える。「ここは、にぎやかな場所からは少し離れていて、飲食店があまり増えるエリアではないんですよ。ふらっといらっしゃる方よりも、わざわざ足を運んでくださる、この店に目的を持って来ていただく方が多いです」だからなのか、客層はよい意味で限られていて、この店の57年の積み重ね、それが客にも表れているように感じた。

店の最上階のフロアは、川添氏の提案でバーになっている。大人の社交場と言うのがふさわしい、上質な雰囲気だ。

店の雰囲気はお客さまとともに作るもの

「レストラン キャンティ」は、フレンドリーな店ではあるが、Tシャツにビーチサンダルで入店できる店ではない。ドレスコードは「スマートカジュアル」。そこには、川添さんの理想がある。「そうあっていただきたい、という気持ちを込めてなのですが、私は、おしゃれをして外食をする、という食文化を大事にしていきたいと思っています。私が子供の頃は、きちんとした格好をし、革靴を履いて外食するというのが当たり前でした。それがいつの間にか、高級店からそうでない店まで、同じような格好でよい雰囲気になってしまった。この店はそうならないように、時代と戦っています。あそこに行くからきちんとした格好をしよう、という店であり続けたい。でも、店の雰囲気というのは、私たちが一生懸命やっているだけでは作れない。お客さまとともに作るものなんです」

この店を、100 年以上続けるのが川添家のたすき。
それはすでに受け取ったもの。

経済効率を考えれば、来店しやすい価格、それに見合った味、雰囲気があればよい。しかし、それではつまらないと川添さんはいう。「私は幼い頃から、食事のたびに『食は文化なり』と父に言われ続けて育ちました。とことん刷り込まれているので、年を取るにつれ、ますます納得している自分がいますね。店の儲けだけに執着すると、文化の香りが死ぬんです。そのバランスは非常に難しい。『100年続けてやっといっぱしの店だよ』と、祖父や父から伝え聞いています。文化の香りがするこの店を、100年以上続けるのが川添家のたすき。それはすでに受け取った思いなので、これからやるべきことは、店作りと人作り。志を同じくするスタッフ、仲間とともに、ひとつずつやっていこうと思います」50年先も、この土地に文化の香りがするレストランがある。それは人類にとって、幸福な未来といえるだろう。

スパゲッティ バジリコ
創業当時からの定番メニュー。上にはバジルが飾られているが、パスタソースには大葉とパセリが使われている。日本ではまだ、バジルが手に入りにくかった時代、創業者の川添浩史氏は、自宅でバジルを栽培して使ったという。

text 澤 由香 photo 小寺 恵

本記事は雑誌料理王国2018年2月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は 2018年2月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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