食の未来が見えるウェブマガジン

皿が語る料理人の生き方。道場六三郎さん


長くトップを走り続ける料理人が、今も実直に守り続ける「原点」。そこには時代やジャンルに左右されず、すべての料理人たちが迷い、立ち止まった時のヒントが隠されているはずだ。トップ料理人たちが数々の言葉とともに料理で語る「原点」とは。

誰より早く、美しく、
愛される和食を作り続ける

日本の和食界を長年牽引してきた道場六三郎さん。
道場さんが自身の原点について振り返り、選んだ料理は、昔ながらの家庭料理である煮物を中心とした3品。

食べる人の好みに合わせた柔軟な手技の数々が「道場流」

実家は山中温泉(石川県加賀市)で山中漆器の茶道具店を営んでいた。ところが、そこでの座り仕事が性に合わず近所の旅館の手伝いをするようになり、初めて包丁を握ったという道場さん。その後15歳で終戦を体験し、「食べていくためには何か手に職をつけなければいけない」と選んだのが料理人の道だった。きっかけは夢でも希望でもない、和食界のトップに君臨する巨匠の意外な料理人生の幕開け。当時、母親は泣いて反対したという。それでも、料理人を目指し、家を出ると決めた道場さんに母がかけた言葉は「周りの人たちに可愛がられる存在になりなさい」だったという。
「僕の今の自慢は、銀座の雑居ビルで『銀座ろくさん亭』をオープンして46年になること。これもお客さんに可愛がってもらえたおかげだと思っていますね」道場さんの料理が「道場和食」「道場流」と称されているのは、創造性の高さばかりではない。目の前の客に合わせて、いかようにも姿形をなす柔軟さ、懐の深さあってのこと。長い年月を経てもなお愛され続ける所以たるや、と考えさせられる。

早く美しく料理するため
文明の利器を使わない手はない

「原点回帰」をイメージして腕を振るった料理は「夏の先附」3品。とくに夏らしい一品「蟹とマスカット大根ソーダ」は、ダイコンをおろす際にフードプロセッサーを使うところに道場さんのメッセージが込められている。
「修業先の板長は僕にとても厳しくて、料理の準備時間を充分にとらせてもらえませんでした。それでも周りに負けない仕事をするため、人の2倍は働こうと決めた。ほかの誰より、早く、美しく。それは今も僕の信条として変わりません。どうしたらすばやく、かつ綺麗に料理ができるかをつねに追求しながら動くと、いろいろな無駄が排除される。昔のままが必ずしもよいとはいえないし、器具も進化している。ならば使っていかないとね」

母たちの手仕事を思い起こす
100年前の家庭料理

「芋蛸小豆木の芽」として披露されたのは、サトイモのシンプルな煮物と「蛸の小倉煮」。「なぜサトイモを使った家庭料理を選んだのかというと、100年前にお母さんたちが作っていた料理をもう一度やってみようと思ったから」と道場さん。先日、今年で98歳を迎えた中曽根康弘元首相の誕生会で料理を担当し、最後に「このサトイモはうまかった」と喜ばれたことも理由だという。「やはり究極は旬の野菜を料理に出すこと。そうすればお客さんは喜んでくれます」
サトイモの煮物と同様に合わせだしを使い、タコと小豆を炊いた料理が「蛸の小倉煮」。「小豆と一緒に炊くのが流行った時期があってね。今はあまり見かけなくなったので作ってみました」合わせだしには醤油、砂糖に加えてポートワインを入れる。小豆にポートワインを合わせるあたりは、「食材に国境なし」と、キャビアやピータンなど、西洋料理や中国料理でおなじみの食材も積極的に和食に取り入れてきた道場さんらしい発想だ。

「すばやく、綺麗に料理することを追求すると色々な無駄が排除される」

自分の料理の切り札となる
ふりかけを使ったアレンジ

「料理人は自分のふりかけを何種類か持っていると仕事が非常に楽になります」と道場さん。カツオで作られた塩辛「酒盗」を酒と合わせただしで溶き、卵黄を加えてフライパンで煎った黄色いふりかけ「酒盗香煎」。これを4種類のナッツを混ぜたおこわにまぶしたのが「酒盗香煎 木の実 おこわ」だ。酒盗香煎は想像以上にしっかりした味付けで、おこわに色と味のアクセントを加える。自身の味のベースを「ふりかけ」というかたちで蓄積していくという発想はとてもユニークだが、これならば目指す味付けがブレずに、そしてすばやく完成する。先の「早く、美しく」の信条にもつながるアイデアだ。昔ながらの手法が重んじられるイメージがある和食だが、道場さんのこだわりは伝統ではなく、愛される味。時代背景も相まって、厳しい若手時代を過ごした道場さんは、「早く、美しく」という信条のもと、この愛される味を負けん気の強さと大いなる向上心で表現してきた。
「僕はチャンバラ時代劇が好きで、先日観たのが勝新太郎の『座頭市』。森繁久彌演じる爺が、座頭市に歌って聴かせる歌“ボウフラも人を刺すよな蚊になるまでは、泥水すすり浮き沈み”には涙が出たよ。自分も昔、泥水をすすって生きていたことがあったなぁと」そんな原点があるからこそ、85歳を迎えた今も、日本中に愛される現役料理人として活躍できるのだろう。

田中英代=取材、文 海老原俊之、馬場敬子=撮影 

本記事は雑誌料理王国2016年10月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は2016年10月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


SNSでフォローする