新型コロナウイルス感染症(以下、COVID-19)と食のあり方を探るべく、料理王国ウェブマガジンで始まった連載「海外シェフの視点」。パンデミックに直面したシェフたちは、どのようなアクションを起こし、いま何を見据えているのだろうか。
第1回目、パリで鮨店「JIN 仁」を構える渡邉卓也さんの後編をお届けする。
わたなべ・たくや/1976年生まれ。北海道ニセコ町出身。寿司屋の出前スタッフやトラックの運転手などの経歴を経て、日本料理店や創作和食店を経験し、28歳で独立。ダイニングレストランを開くと評判を呼び、札幌で「田久鮓」「TAKU円山」など4店舗を展開した。2013年にはフランス・パリに鮨と日本酒を楽しめる店「JIN 仁」をオープン。コンセプトに「地産地消」を掲げ、フランス近郊で獲れる魚をメインの食材に使う。2014年にはミシュランの一つ星を獲得した。
――COVID-19に共に立ち向かう日本のシェフ仲間と連絡を取り合う中で、影響を受けたことはありましたか?
「日本の飲食店を取り巻く状況は、フランスと比べても非常に厳しいです。日本のシェフ仲間と話しているうちに、彼らを元気づけるために何かしたいという気持ちが強くなっていきました。そこで、ささやかですが、僕が昨年プロデュースした『海藻バター』をシェフ仲間や知り合いのお店へ贈ることにしたんです。このバターは、北海道の南西部に位置する赤井川村の山中牧場の発酵バターや松前町の手摘み海藻など、道産の食材で作ったものです。これを贈った仲間の中には、『シンシア』の石井真介シェフや『The Burn』の米澤文雄シェフを中心に医療現場へ食事を届けている方もいるので、その際に使ってもらったり、シェフたちが仕事終わりに食べてもらえたらと思いました。博多『Sola Factory co.』の吉武広樹シェフも親しい仲間の一人ですが、『テイクアウトの料理に海藻バターを添えて出します。お客さんに卓さんのバターを食べてもらいたいから』と連絡をくれました。気持ちと気持ちの繋がり合いが感じられて、うれしかったですね。逆に皆さんに勇気付けられて、僕も『海藻バター』の売り上げの一部を使って、札幌の医療機関に食事を差し入れる活動を始めました。
――6月中旬からパリでもレストランが再開できる可能性が高いそうですが、今後の外食のあり方はどうなっていくのでしょうか?
「パリでレストランが再開しても、営業時間の短縮や席数を減らして間隔をとるなど制限がありますから、テイクアウトやデリバリー、ケータリングの需要は高まるでしょう。店を維持するには固定費がかかるから、小さなキッチンを借りて仕込みをして、あとはお客さんの自宅をレストランにして振る舞うような、店を持たない料理人が増えるかもしれません」
――鮨店に関してはどのような未来を描いていますか?
「これまでの鮨店は、狭い空間で2〜3時間かけて食事をするのが主流でした。その根本的なところを見つめ直す必要があるのではないでしょうか。『JIN』では、まず12席を6席に半減させてソーシャルディスタンスを十分に確保しつつ、一人当たりの滞在時間を短くします。でも品数や握りの数、料理の全体量は減らしたくないので、おつまみを一口で食べられる量にしたり、デザートの出し方を変えるなど、工夫したいと思っています。
店内営業に加えて、テイクアウトやケータリングも始めます。特にケータリングについては、『レストランに食事に行くスタイル』から『家に料理人を呼び、ゲストを招いて食事するスタイル』がもっとあっていいと、前々から考えていたんです。お客様は家で食事をしてそのまま寛げます。小さな子どもがいても心配ないし、時間制限もありません。僕自身もお店に立つよりリラックスして臨めるので、ゲストと深い関係性が築けます。コロナをきっかけに、外食から内食へ、流れが変る予感がします。これからの消費者は本当に必要なものだけにお金と時間をかけるようになり、必要ではないものは淘汰される。僕も危機感を抱いています。レストランも変わっていかなければなりません」
5月22日と23日、「JIN」ではさっそくテイクアウトを実施。写真はスペイン産のマグロを使った「マグロの漬け丼」(35€、40食限定)。マグロの下には、シャリとカンピョウ、ショウガ、オボロ、シソなどが敷き詰めてある。「外出禁止の間、おいしい魚がずっと食べたかった」「またすぐ食べたい」などお客さんからは好評の声が多く届いた
JIN 仁(じん)
Address 6 rue de la Sourdière 75001 Paris
Tel +33(0)1 42 61 60 71
Open 12:30〜13:30/19:00〜21:00(日月休み)
※店舗営業は現在休業中。テイクアウトの情報や今後の営業についてはfacebookからご確認ください。https://www.facebook.com/JinSaintHonore/
text 笹木菜々子