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【イベントレポート】帝国ホテル 東京料理長 杉本雄さんが描く「塩の世界」


2021年6月10日(木)、16日(水)の二日間、東京・日比谷の帝国ホテルで塩の魅力を伝えるサロン&ワークショップが行われた。

両日ともに、帝国ホテル第14代東京料理長の杉本雄シェフと塩の専門家である青山志穂さんが登壇。

「最も身近で必要な食材であり、人間の体に重要な栄養素であるにもかかわらず、悪者にされることも多い“塩”。知っているようで知らない“塩”について正しく詳しく学び、塩の魅力を改めて知る機会になれば」という杉本シェフの考えから立案された会。

参加者は、帝国ホテルで6月30日まで開催していた、塩がテーマのフェア“「塩」の世界”で提供する料理を盛り合わせたスペシャルなアフタヌーンティープレートも楽しみながら、塩についての理解を深めた。


プログラムは二部構成で進行。第一部では、日本ソルトコーディネーター協会の代表理事を務める青山志穂さんが「日常生活に役立つ塩の選び方・使い方」をテーマに、塩の基礎知識を中心とする講義を行った。

料理:料理の印象を幾重にも変えることができる
食育:食に対する理解を深めることができる
娯楽:日本だけでも4000種以上があり、知れば知るほど楽しい
健康:塩分コントロールがしやすくなる
美容:ナチュラルに美しくなれる

講義は、上記の“塩を知ることで得られる5つのメリット”に沿って展開した。


世界の中でも特殊である日本の塩事情の説明からはじまり、塩の味を構成する成分、家庭で楽しむ場合の塩選びのポイントや使い方のヒント、料理によって異なるおいしいと感じる塩加減の割合など、今日からすぐに活かせる内容も多く、参加者は熱心に耳を傾けていた。

「日本では1997年まで塩の専売制度が施行されていたため、塩の選択肢がとても少なかったんです。だから、塩も食材のひとつとして選ぶものという感覚が残念ながらとても薄い。新鮮な野菜を選ぶように、塩も産地で選んだり、料理によって使い分けたりするだけで、料理がもっと楽しくなりますよ。

その一方で塩資源に乏しかった背景から、実は日本は製塩方法が多彩で技術も高く、個性的な塩がたくさんあります。例えば、海藻のエキスを入れた『藻塩』は日本でしか作られていないユニークな塩の代表。

今、塩業界ではちょっとしたブームになっていてご当地藻塩だけでも全国でおよそ200種類くらい作られています。日本で流通している塩全体だと商品数は約4000種。日本だけで、です。選んで楽しまなきゃもったいないですよね」

 
第二部は、東京料理長の杉本雄シェフによるワークショップが行われた。

「塩を食べたことがない人は一人もいません。毎日、口にする食材のひとつ。それなのに、塩のことを詳しく知らない人がほとんどです。それは僕たち料理のプロも同じこと。最も身近な食材ながらも、未知の部分も大きく可能性を感じています。

調味料として塩味を加えるだけでなく、味を際立たせたり、キレを与えたり、長期保存や変色防止、ぬめり取りなど多様に使われる塩。塩という存在を感覚的にとらえるのではなく、どういう意味があってどういう役割があるのか、この機会に今一度見つめ直して改めて伝えたいと思いました。

そして食材について掘り下げていくことは、自ずとSDGsや環境保全についても考えることになります。サステナブルな視点も取り入れて、塩を楽しんで味わって学んでいただければと思います」


まずは、当日の朝にシェフ自らが作成したという、鯛の骨や頭からとった出汁に香味野菜と白ワインで仕立てたブイヨンを飲み比べ。片方にだけ塩を入れて、塩の役割や存在の大きさを体験した。

「このスープは液体に対して0.5%の塩を使用しています。塩が入ることで魚の旨味がぐっと際立つことを実感していただけたのではないでしょうか。塩は魚の風味だけでなく、香味野菜の甘味や香りも感じさせてくれます」


ワークショップでは世界にひとつだけのオリジナルのブレンド塩を作成した。シーズニングやスパイス10種を好みの配合で調合し、自分の好みの塩に仕立てる。

10種のうち、5種は食品ロスへの取り組みから生まれたパウダーが用意された。。帝国ホテル館内のレストランで消費される食材から出る、野菜の皮や魚の骨などお客様に提供しない部分を有効活用している。

キャベツの一番外側の固い部分などの葉物野菜をまとめた「グリーンリーフ」(左上)、飲み頃を過ぎてしまった「赤ワイン」(左中)、ポテトサラダで使う何十キロ分のジャガイモの皮を中心とした「根菜」(左下)、館内で何百杯も提供される紅茶に添えるレモンを中心とした「柑橘」(左から二番目上)、下処理でカットしてしまうヘタと果肉を使った「イチゴ」(左から二番目中)をそれぞれ丁寧に下処理し、パウダー状に仕上げている。

 
ベースとなる塩は「シャークベイソルト」。今回のワークショップのために、粒子を極力細かくパウダー状にして用意した。

西オーストラリアのシャーク湾で生産される「シャークベイソルト」もまた、SDGsの観点で作られている塩だ。塩田に海水を引き入れた後、太陽と風の力だけで濃縮結晶化させているため、燃料を使用しないことで二酸化炭素を排出しない。


コリアンダー、クミン、チリ、エルダーフラワー、あさつきなどとともに、いくつかのシーズニングをベースの塩へ少しずつ混ぜていき、好みの味へと仕上げる。参加者からのリクエストで“牛肉に合う塩”をテーマにシェフがその場で実演。全種類を入れた上で赤ワインと根菜、イチゴを多めに加えて調合した塩がテイスティング用に各席へ配られると、客席からは「これだけでおいしい」という声が漏れた。


ワークショップ後は、塩をテーマにした料理がホテルライクな美しい銀盆に並んだスペシャルな「“プラトー”」を楽しんだ。


アフタヌーンティープレートには食品ロスへの取り組みから生まれた5種の「サステナブル塩」を添える。こちらはブレンドせずにそれぞれの風味をより楽しめる一種ずつのフレーバーソルトとして用意した。


「自家製チーズと国産ビーンズのサラダ」(右)。上に乗せたコロッケ仕立ては、フレッシュな自家製のチーズ。乳脂肪の高いジャージー牛乳を火にかけて沸く寸前にバルサミコ酢を加えて分離させ、赤紫蘇をまぜてガーゼで絞ったナチュラルチーズだ。

雑穀を混ぜたごはんでアボカドとトマト、大豆ミートを挟む「ヴィーガンライスバーガー」(左)と上記のチーズは「サステナブル塩」で好みの塩味とフレーバーで楽しむ仕立て。

 
濃厚でクリーミーなキャラメルが印象的な「塩キャラメルのブリオッシュタルト」(左)は、小笠原の塩でキリッとエッジを効かせ、アフタヌーンティーに欠かせない「プレーンスコーン」(右)も添えた。

 
「抹茶のポップオーバー」(左)は、アメリカ生まれのお菓子を抹茶仕立てに。オリジナルのチョコレート塩を使い、ほろ苦さを感じる大人のスイーツに。バナナクリームを挟んだ「黒糖バナナサンド」(中)には、沖縄の海水塩シママースを合わせた。マイルドな塩味がこっくりとした甘味を際立たせるが、後味にもキレが加わる。塩漬けした桜の葉で香りと風味をつけたマスカルポーネムースを潜ませる「ルージュ~葉桜~」(右)は、フランボワーズの酸味に桜の香りと塩気が重なり、どこか和菓子のような印象に。


メインには、調味だけでない塩の使い方を知ってもらうためのメニューとして、フランス料理のクラシックな伝統技法である“塩釜”で仕上げた「深谷ねぎとポークの塩釜焼」が登場。

塩釜には粒の大きなシャークベイソルトを主に使用。塩はゆっくりと熱を伝えていくため、食材の蒸発を抑えて肉の水分を保ち、ゆっくりと均等に火を入れるためしっとりとした仕上がりに。浸透圧により自然な塩味がつき、旨味も凝縮する。

しっとりとやわらかな肉のメインに添えられた埼玉名産の深谷ねぎは、一本丸ごと余すことなく使用され、食品ロスを生み出さないという側面も反映させている。

ネギの白い部分と緑の葉の部分に分け、白い部分は肉と一緒に塩釜に入れる。緑の葉の部分は生の状態でオイルとミキサーにかけてビューレ状に。それから火を入れることで鮮やかに発色させた。それを漉してオイルと具に分けてそれぞれ調理し、最終的にひと皿ですべてのパーツを再会させた。


食品ロスへの取組みはホテルにおいて重要な課題の一つと位置づけ、その考えを受け継いでいる帝国ホテル。「サステナブル塩」はそんな背景から生まれてきたものだ。「食品ロスを意識するきっかけになれば」と、今年中の販売を目指していて、売り上げの一部は環境保全活動に寄付される予定だという。


「今回、塩の専門家である青山さんを迎えたことで、気づきや学びがたくさんありました。伝統や経験の中で培われてきた調理の技法や暗黙のルールに、数値や科学的な働きとしてきちんと裏付けがあったことは一種の答え合わせでもあり、僕の中でより揺るぎないものへとなりましたね。

塩と食材のマリアージュは、これから追求していきたいテーマのひとつです。それには塩の成分を知らなければならず、塩が作られる方法や環境を知らなくてはいけない。そうすることでおのずとSDGsについても考えていくことになる。

今回、伝えきれなかったこともあったので、またこういう機会を設けられたらと思っています。伝えていくことも私たち食のプロの使命のひとつ。長く続けていくことに意味があるのかなと感じています」(杉本雄シェフ)

帝国ホテル
東京都千代田区内幸町1-1-1
TEL 03-3504-1111

文・写真=君島有紀


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