精進料理と郷土料理のつながり


日本各地の精進料理に目を向けると、その土地の食材や文化を採り入れていたり、精進料理の知恵が郷土料理に染み付いていたり、 互いに影響を受けながら発展してきた足跡が見えてくる。

山形・羽黒山

山伏による山菜調理の知恵が郷土にも根付く

山形県鶴岡市にそびえる羽黒山は、 月山や湯殿山と合わせて「出羽三山」と呼ばれる。 この三山をお参りすると人は生まれ変わると伝わる、修行道の聖地だ。 出羽三山の精進料理は山伏が食べた食事がもとになっている。

「一番の特徴は、 山で採れる山菜を工夫して使うことです」と、 羽黒山の山頂近くの参籠所「斎館」の伊藤新吉料理長は話す。 山に自生する山菜は、畑で育ったものに比べて、 良くも悪くも香りやアクが強い。 それらを食べやすくするために、 湯がいて水にさらしたり、 天日干しや塩漬けにしたりする。 「山菜のアク抜きや保存方法は、 郷土料理にも根付いています」。

春の御膳
a. 煮物
b. 餡かけごま豆腐
c. ワラビのお浸し ワラビは湯通しする
d. 山菜の天ぷら コシアブラ、コゴミ、山ウドの葉
e. アカコゴミのお浸し アカコゴミは茹でて水にさらす
f. アカミズのお浸し 茹でて水にさらす
g. 赤カブの漬物
h. ゼンマイのお浸し ゼンマイは天日干しの後、水で戻す。さらにぬるま湯の中でもみほぐす行程を繰り返す
i. フキの炒め物 フキは塩漬けし、再び塩を抜く
j. ウルイのお浸し
k. 山ウドのゴマみそ和え ウドは水にさらす

羽黒山参籠所 斎館
山形県鶴岡市羽黒町手向羽黒山33
TEL 0235-62-2357

京都・大徳寺

二つの要素を汲み取り発展 茶懐石にも影響

京都の町の下に、 琵琶湖の水量に匹敵するほどの地下水があることをご存知だろうか。 この地下水のおかげで、おいしい野菜がとれる。 また豆腐や生麩、 出汁を生かす食文化、 お茶文化などが育まれてきた。

京都・大徳寺は、 臨済宗大徳寺派の大本山。その料理方として門前で500年に渡り料理を伝承し、大徳寺納豆の商標登録を持つことでも知られるのが「大徳寺一久」だ。 「お寺には日本各地から大名が訪れました。 禅僧の食事と武家のもてなし料理の要素を汲みながら現在の形に完成されたのが大徳寺精進料理です」と女将。 大徳寺精進料理の食作法は、 千利休によって茶懐石に取り入れられたといわれる。

大徳寺精進料理本膳
a. 大徳寺納豆 塩辛くて赤味噌に煮た味わい。お茶うけに添える
b. 大徳寺は茶人・千利休の菩提寺でもある
c. ごま豆腐
d. 犠牲豆腐と湯葉など大豆加工品は精進料理において大切なたんぱく源
e. キュウリ、大根、白菜の漬物
f. 枝豆とズイキの酢味噌和え
g. 塔地湯葉とゼンマイの煮物 湯葉を使った揚げ物。出汁は昆布のみが伝統
h. 大徳寺納豆汁 味噌汁に大徳寺納豆を溶いて深みある味わいに

大徳寺一久
京都府京都市北区紫野大徳寺下門前町20
TEL 075-493-0019

福井・大安禅寺

油揚げ文化のルーツ 催事や法事の食事がお袋の味に

福井のソウルフードといえば、油揚げ。 47都道府県の中で日本一の消費量を誇る。ここでの油揚げとは、薄揚げではなく厚揚げのこと。福井は浄土真宗や禅宗の信仰が厚い地域で、 油揚げが県民食となったのも、 仏教と深い関係があるようだ。

「催事や法事の際に、 油揚げを使った料理が出された。 それが一般家庭にも広がったようです」と話すのは、臨済宗の禅寺、 大安禅寺の高橋玄峰副住職。 同寺は福井藩主松平家の菩提寺。 精進料理はお殿様へのもてなし料理がルーツで、地元の食材を数多く使う。

「昔の日本人は、 お寺でも家庭でも、 身近にある郷土の食材を大切に使った。 一食一食の向き合い方が現代人とは異なります」。

基本のお膳
a. 前菜盛り合せ
b. サトイモの地がらし和え 福井県大野市のサトイモを地がらしで和えた。地がらしも福井お馴染みの調味料で、各家庭の冷蔵庫に常備されているそうだ
c. 煮物盛り合わせ 高野豆腐が油揚げに変わることもある。福井の油揚げは分厚くて水分たっぷり。油揚げをほぐして地がらしや練りごまと合わせ、なますに和えるなど、応用が利く
d. ごま豆腐 山葵添
e. 湯葉の揚げ浸し
f. 甘味
g. 漬物
h. 季節野菜の天ぷら
i. 越前とろろそば
j. 吸物

萬松山 大安禅寺
福井県福井市田ノ谷町21-4
TEL 0776-59-1014

長崎・興福寺

普茶ふちゃ 料理の喫食スタイルが町民文化へ発展

時は江戸、 承応3(1654)年。長崎・興福寺の僧である逸然いつねん らから招請を受けて、 明代末期の中国から隠元いんげん 禅師がやってきた。 隠元禅師は長崎に来航して興福寺に入る。 インゲン豆やモヤシ、 レンコンなどの食材を日本に持ち込み、 中国式精進料理「普茶料理」を伝えた。 注目すべきはその喫食スタイル。 興福寺の松尾法道住職は「円卓を数人で囲み、 全員分の料理が盛られた大皿から、各自の食器に取り分けて食べます」と話す。 このスタイルは長崎名物「卓袱しっぽく 料理」へと繋がり、 一人一膳で食していた日本の食形式にも大きな影響を与えた。 「普茶料理は油で炒める調理も特徴で満足感がある。 隠元禅師が伝えた食材は、 今や日本の家庭料理に浸透していますね」。

普茶料理
a. 豆腐の角煮
b. もやしの湯葉巻き 油で炒めたモヤシの汁を切って(この汁は素麺に活用して無駄にしない)、湯葉で巻いて揚げた
c. 味噌汁 汁物も各自の取り皿に分けて食べる
d. 十六寸豆密煮 インゲン豆を甘く煮て、飾りに砂糖を少しのせる、お寺の贅沢品。江戸時代、砂糖は長崎を通して輸入した
e. 素麺 メイン料理。トッピングはシイタケ、モヤシ、ニンジンの千切りを炒めたもの卵焼き、飛龍頭、中夜
f. 卵焼き、飛龍頭、中夜
g. 野菜の葛とき
h. 桃饅頭の揚げ物
i. ごま豆腐 隠元禅師が日本に伝えたと言われる

東明山 興福寺
長崎県長崎市寺町4-32
TEL 095-822-1076


text 笹木菜々子

本記事は雑誌料理王国312号(2020年10月号)の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は 312号 発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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