静岡・島田市の人気店「蕎ノ字」は、2016年10月、東京・人形町で再スタートを切った。 「地方で有名でも、東京では無名」。そんな言葉をものともせず、今では1カ月半先まで予約が取れないほどに。 どんな想いで東京へ向かい、どう立ち回ることで人気店に成長したのか、その背景に迫る。
東京・人形町にある「日本橋蕎ノ字」。店頭ののれんに書かれた「天ぷら食って蕎麦で〆る」が表すように、揚げたての天ぷらとそばをコースで提供する一軒だ。
店主の鈴木利幸さんは、2002年4月に出身地である静岡・島田市にて、現在と同じスタイルの「蕎ノ字」で独立。天ぷらとそばの二枚看板を掲げ、ハレの日利用ができる店を目指した。「地方でこうしたスタイルが早すぎたことでお客さまに馴染まず、当初は刺身や鍋など和食のサイドメニューが多くなっていました」と鈴木さんは振り返る。
天ぷらとそばのスタイルを浸透させるべく、開業から5年が経った頃より、地元をはじめとする静岡の食材を使用するようになった。当時掲げたコンセプトは「食材に旅をさせない」こと。地元の農家や鮮魚店を訪ね直接話をし、その日に採れた野菜や魚介を使用するようにした。これにより地元客の満足度が上がっただけでなく、遠方から来る観光客も増加。静岡ならではの味が楽しめると人気を集めた。
開業から10年、売上も安定していたが、鈴木さんのなかで「天ざる・天もり発祥の地である、東京・日本橋で鍛え直したい」との想いが沸き起こり、15年には開業へ向け実動。16年10月に移転オープンを果たした。
コンセプトはこれまでと同様。静岡で培った技術やノウハウと静岡食材を引っ提げ、競合店の多い日本橋エリアでの挑戦が始まった。
静岡ではなかなか馴染まなかった天ぷらとそばをカウンターで食べるスタイルも、東京ではあっという間に定着。開業ひと月あたりから徐々に固定客がつき始め、現在では1カ月半先まで予約が取れない人気店となっている。
東京出店へ向け、鈴木さんが初めに行ったのが、東京の料理人や経営者仲間に話を聞くこと。自分がやりたいスタイルが東京で通用するかなど、東京で運営するうえでのアドバイスをもらった。とくに「旬香亭」(現閉店)のオーナーシェフ齋藤元志郎さんは、鈴木さんが挑戦しようとしている地方からの進出を叶えた先人であったため、実体験をもとにしたアドバイスをもらったという。
「齋藤さんのご協力で、オープン前にメディア関係者を呼んだレセプションを開催できました」と鈴木さん。そこからほかのメディア関係者の目にも留まり、メディアの露出が増加。オープン1カ月後からは新規客も増え、気に入ったお客さまが次回の予約を取って帰るという好循環が生まれた。
料理は突き出しに天ぷら、締めの手打ちそばで構成するコースのみ。価格によって天ぷらの品数が変わり、ハーフコースで8〜9品、フルコースで〜品を提供する。食材は静岡で培った農家や鮮魚店とのパイプを活かし、朝採れ野菜や旬の高鮮度な魚介を仕入れている。
「静岡は自然に恵まれた食材の宝庫です。天ぷらは素材の持ち味をシンプルに発揮できる調理法であるため、良質な食材を使うことで、舌の肥えたお客さまに支持されたのだと思いますね」(鈴木さん)
価格設定にも気を配り、都内で名店と呼ばれる天ぷら店の半値となるハーフコース6900円、フルコース8900円に設定。カウンター天ぷらの入門店として、気軽に使ってもらえるように意識した。
「私は東京に勝負をしにきたわけではなく、勉強をしにきたのです。前の店舗は残しているので、いずれは島田に戻り、東京で学んだことを活かすつもりです」と鈴木さん。ともに上京した奥さんと掲げた5つの目標をクリアした暁には、静岡での再スタートを行う考えだ。
日本橋 蕎ノ字
nihonbashi sonoji
東京都中央区日本橋人形町2-22-11
03-5643-1566
● 11:45~14:00(13:30LO)17:30~21:00(20:00LO)
※ 夜の部は売り切れ次第終了
● 月、第2・3日休、年始・夏期不定休あり
● 8席
www.sonoji.info
虻川実花=取材、文 林 輝彦=撮影
本記事は雑誌料理王国280号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第280号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。