2019年度のミシュランガイドに続き、2年連続で一つ星を獲得した「蕎ノ字」。店主は、静岡県島田市で蕎麦屋の息子として生まれた鈴木利幸さん。蕎麦の聖地・日本橋に店を出すという長年の念願を果たし、人形町に「蕎ノ字」を移転したのが2016年のこと。鈴木さんが独立し、夫婦で店を始めて今年で20年。今では予約が1年半待ちという大人気店です。
カウンター9席と地下に個室を備えた小ぢんまりとしたお店。コンセプトである「天ぷら食って蕎麦で〆る」の言葉通り、天ぷらを中心とするおまかせコースの締めには、鈴木さんが自ら打った手打ち蕎麦が提供されます。
そんな「蕎ノ字」のまかないは、夕方の開店前と閉店後の1日2回。野菜を切る、蕎麦を茹でるなどの調理はアルバイトスタッフにも手伝ってもらいながら、みんなで作って食べることが多いのだとか。
「和食の世界ではよく、食材を『始末する』と言います。始末という熟語は『始』めと『末』という漢字で成り立っていて、食材を大事に使い切ることを指すんです。それと、前日の素材を『アニキ』と呼ぶ通し言葉もあるんですよ。『まかないにはアニキから使おうぜ』という感じで。まかないは基本、今そこにある食材を始末しつつ、それらでまかなうもの。それに、腹を満たしてくれて、必要な栄養も摂れるものが理想的。だから、うちの店のまかないは天ぷら屋と蕎麦屋にあるものが基本ですね」。
今回、思い入れのあるまかないとして鈴木さんが教えてくれたのは、あらかじめ具材を加えたつゆでいただく、つけ麺スタイルの天ざる蕎麦。
「静岡にいた頃からよく食べていたもので、これまで一番多く作って来たまかないでもありますね。天ざる蕎麦はもともと、日本橋「室町砂場」さんのまかないから生まれた料理だと祖父から聞かされまして。当時の店主が、つゆに天かすを入れて食べていたまかないから着想を得て、かき揚げと盛り蕎麦の組み合わせが生まれたそうです」。
蕎麦屋を営む家に生まれ、父や祖父から蕎麦にまつわる歴史やエピソードを聞いて育った鈴木さんにとって、いつしか日本橋は憧れの場所に。天ざる発祥の地であることも、日本橋で店を出したいと考えた理由の一つ。
「蕎麦屋のまかないは、練習用に打った大量の蕎麦を食べることがほとんど。だから、毎日山盛りの蕎麦を食べていました」と鈴木さん。「天ぷらの揚げ方は、余った野菜や魚介で練習を始めて、最終的にかき揚げが作れるようになって一人前。まかないは下っ端の担当で、ヘトヘトになるまで働いてから作るのはしんどかったけれど、そこで親方や先輩にジャッジしてもらう目的もありました。『食べることも食べさせることも好きにならないと、いい料理人になれない』なんて言葉も、その時に教わりました。まかないは料理人として成長していくためのもの、という印象がありますね」。
まかない天そば
材料(1人分)
そば…100g/つゆ…50g/具材(揚げ玉、海苔、カブの葉、大根おろしなど)…適量
作り方)
蕎麦は茹でる時が一番切れやすいので、大きな鍋に少量の麺が上手に茹でるコツ。
店では4人前を茹でるのに20Lの鍋を使っています。
(2)茹で上がったそばを流水で洗い、麺を締める。
家庭で茹でるなら、表示時間よりやや短めにするのがおすすめ。
しっかり洗って冷やすことが重要です。
(3)そばの水を切り、盛り付ける。つゆに具材を直接入れて盛り付ける。
麺が茹で上がったらすぐに食べられるよう、下ごしらえをあらかじめしておき、盛り付けは最短で仕上げます。
プロフィール)
Toshiyuki Suzuki
1970年、静岡県生まれ。調理専門学校卒業後、実家である島田市の蕎麦店「細島屋」、日本料理店で腕を磨く。2000年に独立し、同市内に「日本橋 蕎ノ字」をオープン。2016年、日本橋に移転。ミシュランガイドでは2年連続一つ星を獲得。
店舗情報)
日本橋 蕎ノ字
にほんばし そのじ
東京都中央区日本橋人形町2-22-11
03-5634-1566
12:00~14:00、18:30~21:00
コース 昼12900円、夜 12900円、16900円〜
月曜、第2・3日曜休
9席
www.sonoji.info
田中英代=取材、文 小沼祐介=撮影
text by Hanayo Tanaka photos by Yusuke Onuma