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日本橋が 「おいしい起点」として注目される理由。


1 江戸時代は世界有数のイノベーティブな街

江戸時代は五街道の起点だった日本橋。水運の拠点でもあったため、人とモノ、そしてお金も集まる文化の集積地だった。三井越後屋などの商家や幕府御用達の菓子店が立ち並び、魚河岸をはじめ、鰹節問屋、海苔問屋などが軒を連ね世界有数の賑わいをみせていた。芝居街&花街として栄えた人形町を抱えていたので、役者や芸者、文化人も多く、彼らが日本橋を最先端いく食いしん坊の街にしてきたという説にも納得がいく。明治時代に創業した洋食店やパン屋が人形町に多いのも、同じ理由からかもしれない。

2 1990年代後半に推進力を失う

関東大震災や東京大空襲で衰退するも、再び賑わいを取り戻し…という具合に、日本橋は“不屈の街”だったが、1990年代後半にもう一度勢いを失った。東京都中央区の人口は1997年に71,806人まで減少、同じ年に兜町の山一證券が倒産し、日本橋のランドマークだった東急百貨店が1999年に閉店。当時を振り返って「空き缶の転がる音がしていた」という人もいる。COREDO開業を機に「おいしい起点」へ

3 COREDO開業を機に「おいしい起点」へ

そんな光景は今の日本橋の街の賑わいからは想像できないが、再び日本橋が賑わうきっかけが実はあった。閉店した東急百貨店の跡地で2004年開業した「COREDO 日本橋」。COREDOシリーズの開発を手掛けている三井不動産は1999年に「日本橋再生計画」をローンチ。その第1ステージが「COREDO 日本橋」や「マンダリン オリエンタル 東京」が入る日本橋三井タワーの開業だった。続く第2ステージでは、2010年に「COREDO室町1」を、2014年には「COREDO室町2&3」を開業、2019年9月27日には「COREDO 室町テラス」をオープンさせた。話題のレストランが増え、新規開店や東京の西側からの移転なども増え、日本橋はますます食いしん坊にとって嬉しい街へと育っている。

4 GREATER日本橋

昨年夏に第3ステージに突入した「日本橋再生計画」では、日本橋エリア全体を「GREATER(グレーター)日本橋」と捉え、昭和通りを境にして「WEST日本橋」と「EAST日本橋」に分けて開発中。飲食店の立ち並ぶ親水空間としての日本橋川沿いの再開発や、エリア内の老舗とのコラボレーションなどを計画し、食文化の伝統を継承しつつ、新しい日本橋の食の魅力を発信する予定だ。
…というわけで、日本橋が「おいしい起点」になった理由のひとつにはCOREDOシリーズも大きく関係しているようだ。続きは、COREDOの名店をお楽しみあれ。


本記事は雑誌料理王国2020年2月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は2020年2月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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