食の未来が見えるウェブマガジン

【受け継ぐということfile5】”過去をそのまま受け継ぐのは思考停止と同じこと”杜氏 今井翔也


日本酒は僕にとって「meme」。 パリで世界酒に進化する瞬間をこの目で見届ける

僕の中で、日本酒は、理系的なロジックと文系的な情緒のクロスポイントに位置するもの。修業時代、ロジックについて考えていたら、イギリスの科学者、リチャード・ドーキンスが提唱する「gene(遺伝子)」と「meme(文化的遺伝子)」の話が、酒造りを支える骨格になることに気付きました。彼は、「人間が死後に残せるものは2つしかない、それはgeneとmemeである」と言い切った人。geneを残すことは、子孫を残すということ。動物はそれが成立するとして、人間はいかに自分のmemeを後世に残すかが生きた証になる。人が死ぬのは、一般的には身体が滅んだ時かもしれませんが、本当の死は、誰からも忘れられた時。その理論を僕自身に置き換えてみたら、自分に課された役割は、日本酒というmemeを、人々の生活や世界に残すことだと思い至りました。

これは、尊敬している岡本太郎の「過去によって現在があるのではない。現在によってはじめて過去があるのだ」という言葉にも通じるのですが、未来にまで拡張して考えてみると「現在によって未来があるのではない。逆に未来があってはじめて現在がある」ということ。未来に何を創造して、そのために現在何をすべきか。そうして今まであったものを過去にすることが、僕らに必要なのではと思って。過去を過去のままに受け継ぐことは誰にでもできるし、思考停止に等しい。では、未来で日本酒が世界酒になるために、現在、杜氏としてできることはなんだろう?とイメージを描いてみたら、ワインの国、フランスに酒蔵を建てることだったんです。

日本酒は軟水 その常識をパリで覆す

ラポ的な位置付けの「三軒茶屋醸造所」でレシピを開発し、 山形の酒蔵で委託醸造される「FONIA tea ORIENTAL(フォニアティーオリエンタル)」は「花茶」を素材に投入したお酒。
https://wakaze.stores.jp/

今の日本酒は、軟水で造るのが常識とされていますが、実はそれは明治時代に広まった常識。江戸時代に、酒造りに最適とされていたのは、灘の「宮水」と呼ばれる硬水でした。それに比べて、軟水は田舎酒という位置付け。そんな常識を逆転させたのが、 広島の酒造家、三浦仙三郎氏です。灘に学びつつも、軟水でも良い酒が造れる「軟水醸造法」を確立。今まで田舎酒でしかなかった地方の酒蔵が、急激にレベルアップし、日本中が銘醸地となった瞬間でした。 その歴史を知らないと、「フランスの硬水では、日本酒は造れないでしょ」という反応になる。いつの間にか、酒造りの常識が逆転してしまった。それだけ三浦氏の貢献は大きかったということ。これを僕はパリで、もう1度ひっくり返したい。

つまり、硬水でもいい酒が造れるということを、僕が技術体系としてまとめ、「硬水醸造法」を成立できたら、世界中の硬水地域で、日本酒が造れるようになる。さらに、米は輸送性があるので、水と米さえあれば造れるという世界観が広がり、日本酒の銘醸地が世界規模で拡大。ブレイクスルーになるのです。 常識を疑い、技術で覆し、最終的に日本酒が「世界酒」になる瞬間を造ることができれば、醸造者としての魂を受け継ぎながらも、 酒造りを違うレールに載せて進化させることができるのではないか。パリ行きを前にそんなことを考えています。

今井翔也
1988年生まれ。 日本酒ベンチャー WAKAZE創業メンパー/醸造責任者。
群馬の酒蔵「聖酒造」の三男として生まれ、 東京大学にて食品生化学の研究後、「オイシックス(現オイシックス・ラ・大地)」在籍時に友人とWAKAZE創業。新政酒造、桝田酒造店、阿部酒造での修業を経て、2018年、飲食店を併設した醸造所「WAKAZE三軒茶屋醸造所+Whim SAKE & TAPAS」を設立。2019年9月より渡仏し、 パリにて酒蔵を新設。

text 浅井直子 photo 鈴木大喜

本記事は雑誌料理王国2019年10月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は2019年10月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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