堆肥施設を設立し有機農業を支援 ファーマーズマーケットで観光客を呼び地元食材のファン増加を推進 大分県臼杵市 22年12月号 


山形県鶴岡市に続き、「ユネスコ創造都市ネットワーク」に食文化分野で加盟した大分県臼杵(うすき)市は豊後水道に面した稲葉氏15代の城下町。16世紀にキリシタン大名・大友宗麟が拓いた商業
都市としてその歴史を刻み始めた、古く美しい町だ。臼杵湾に接する城下町は舟運の道と良質な水に恵まれた地勢から、古来、醤油・味噌・酒などの醸造業が発展。城下に伸びる八町大路と呼ばれる商家筋には、今も創業400年を誇る九州一古い醤油蔵が佇んでいる。
「SDGsが叫ばれる昨今ですが、臼杵に江戸時代から伝わる郷土料理はまさに、捨てるはずの食材を利用したものなんです。名物の“きらすまめし”は、魚の切れ端をきらす(おから)でまめした(まぶした)もの。クチナシで色をつけた“黄飯”は赤飯の代用食ですが、一説にはパエリアを模したものだとも。いずれも質素倹約を是とした、藩政時代からの伝統食です」。
そう教えてくださるのは、ネットワークへの加盟認定申請に奔走した臼杵市政策監の佐藤一彦さん。

醸造業が盛んな臼杵。大分醤油協業組合の醤油工場にて、もろみを布に挟む作業。
酒蔵や醤油蔵が立ち並ぶ街並み。

当地で400年以上続く発酵文化やこうした郷土料理に加え、臼杵が加盟都市となった背景にはもう一つ、市が10年以上前から取り組んできた施策があるという。それが、全国的にも珍しい行政による完熟堆肥作りだと、佐藤さん。
「2005年の市町村合併を機に、前市長が市域農業を発展させるために何が必要か考え始めたのがきっかけでした。結果、農業にとって一番大切な土作りにかかるお金と時間、労力を、農家に代わって行政が担おうと。以後、全国の堆肥施設を巡り視察を重ね、2010年に農水省と大分県の協力を得て“臼杵市土づくりセンター”を開設したんです」

中心街から車で30分ほど、かつて養豚場があったという場所に佇むセンターを訪ねた。
「原料の8割は市内で刈り取られた草・剪定枝や間伐材などの草木類、2割が豚糞です。破砕し水と圧力をかけて膨潤(ぼうじゅん)させた草木と豚糞を調整層で混ぜ、発酵槽へ。切り返しをしながら4ヶ月かけて発酵させたものを2ヶ月間熟成させ、出荷しています」とは、案内してくださった農林振興課有機農業推進室の兒玉優さん。完成した“うすき夢堆肥”は市内で販売する一方、臼杵市環境保全型農林振興公社が各農家の畑への運搬・散布までを請け負っている。

全長60mの発酵槽。下から空気を送り、切り返しながら発酵を促す。
原料の草木。
右が膨潤しただけの草木、左が完成した堆肥。
膨潤までの前処理だけで通常3~5年はかかるという。
完成した「うすき夢堆肥」(10kg・300円)。

この完熟堆肥を使い、化学肥料や化学合成農薬を使わずに栽培された農産物には、市長が認定する「ほんまもん農産物認証」のシールが付与される。その生産農家の一つが、土づくりセンターからほど近い高台に畑をもつ「藤嶋農園」の藤嶋祐美さんだ。

藤嶋祐美さん。

風が吹きぬける広々とした畑地は、藤嶋さんの祖父・祖母が拓いた場所だそうだ。東大工学部を卒業後、都内で働いていたという藤嶋さん。30年前、30歳の時に臼杵に戻り、その場所で農業を始めたと、言葉を継ぐ。
「最初は自給自足のために始めたんですが、東京から戻ってきたらすっかり環境が変わっていて。子供の頃は水生昆虫がたくさんいたし、その辺の川に行けば鰻や川魚がいて、獲って食べてましたから。農薬による水質汚染を知って、有機栽培でスタートしたんです」

高台に広がる藤嶋農園。

以後、地元産の野菜を給食センターに収めるグループ「給食畑の野菜」を仲間と設立。そこからさらに有機栽培へと取り組みは進化し、2008年には「給食畑の野菜 有機農業推進協議会」の会長に就任し、臼杵に有機農業の文化が根付く土壌を作ってきた。
「うすき夢堆肥は、センターができた頃から使い始めました。栄養が豊富すぎる肥料だと、段々と土のバランスが悪くなるんです。いわば肥満状態みたいなもの。夢堆肥は養分が少ないから、そういう土壌を元に戻してくれます。元肥を少なめにして、鶏糞などを自分なりに追肥して使ううちに、徐々に野菜の味が変わっていくのがわかった。10年経ったらびっくりするくらい美味しくなったんです」

藤嶋農園で研修生が育てているピーマン。

藤嶋さんが現在育てている野菜は60種類ほどだが、野菜だけではなく“人”も育てている。有機農業を推進し就農する“地域おこし協力隊”として臼杵にやってくる若手への農業指導を続け、今までに10人以上を育てた。うち6人が市内に定住し、農業を続けているという。

こうした生産農家とそれを使う一般の人々、さらに店舗を繋げる役割を担っているのが、2017年からスタートした「Usuki Farmar‘s Marketひゃくすた」だ。

スタート当時から実行委員としてその運営に携わってきた多々良麻子さんは、臼杵城のそばに店を構える青果店に嫁いでいる。
「2013年に福岡から移住し、結婚。市内にほんまもん農産物を買える場所がないという声を聞き、義母にお願いして野菜を置く一方、そのファン作りのお手伝いをしています」

臼杵商工会館で開催された「生活文化創造都市フォーラム」。食文化創造都市の活動を進めるため、臼杵食文化推進協議会の小手川強二副会長や山形・鶴岡の奥田政行シェフ、ひゃくすた実行委員の多々良麻子さんらがパネリストとして参加。
青果店に並ぶほんまもん農産物。

ひゃくすたは、毎月第一日曜に市内の国宝・臼杵石仏のそばで開催するマーケット。農家を支えつつ、食材の魅力を通じて他所からも人を呼ぼうという取り組みの一つだ。現在、ほんまもん農産物を栽培する生産者は50軒ほど。少量多品目なので大量流通は難しいが、その品質を魅力と感じ、移住する人も出てきている。ほんまもん農産物認証を受けた小麦や米粉、野菜を使ったお菓子を作っている「コティディアン」の青木涼太朗さんもその一人。「子供が生まれ、おやつを食べさせたいのに安心できるものが見つからなくて。じゃあ自分で作ろうと、おからドーナツを作ったのが始まりだったんです」と、青木さん。そんな折、知人から臼杵では小麦粉や米粉まで地元産のものが手に入ると聞いた。妻の貴絵さんと共に5年前に移住。アレルギーを持つ子の両親から頼まれ、乳製品や小麦粉を使わず、ほんまもん農産物や近所で取れる果物を原料にしたお菓子などを作り、ひゃくすたにも参加。今年1月に店を開いたという。

地域のコミュニテイ拠点になっている「コティディアン」。
青木涼太朗・貴絵ご夫妻。
ほんまもん農産物認証の地粉とカボチャを使ったタルト。

一方で、店舗を開く場所を探していて、臼杵を見つけた人もいる。市の空き家バンクで蔵つきの民家を見つけ、フランス料理店「mikangura」を開いた渡邉省司さん夫妻だ。京都出身の渡邉さんは神戸でのホテル、大分市の式場勤務を経て2020年に独立した。
「野菜はもちろん、漁場が近いから魚がいいんですよ」と、渡邉さん。この日はガルピュール仕立てのカマスと、ほんまもん農産物をふんだんに使った国産牛のローストが卓上に並んだ。

みかん蔵だった建物をリノベーションしたレストラン「mikangura」。
シカクマメやツルムラサキ、食用ほおずき、長ナスなどの野菜と牛ローストはマディラソースで。
鶏のブイヨンで野菜を煮込んだガルピュール仕立ての魚料理。
渡邉省司さん夫婦。

良い土が美味しい食材を育み、それが人を呼び、繋がりを生み出す。全ての笑顔の原点は、まさに土から始まっている。

text: Kie Oku photo: Hiroyuki Takeda

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