観光と食の分野から「女性と若者」「持続可能」を考える。奈良県で『ガストロノミーツーリズム世界フォーラム』が開催。

スペイン・サンセバスチャンを舞台に2015年から始まり、同地を中心に世界各地で開催されてきた『ガストロノミーツーリズム世界フォーラム』。その第7回目が、日本で初開催された。

スペイン・サンセバスチャンを舞台に2015年から始まり、同地を中心に世界各地で開催されてきた『ガストロノミーツーリズム世界フォーラム』。その第7回目が、日本で初開催された。去る12月12日から15日の4日間、奈良県の奈良コンベションセンターを中心に執り行われ、約30カ国から450名以上が来場。各国の観光や政府、自治体関係者やシェフ、マスコミなどが集結し、さまざまなテーマのトークセッションや公演が行われた。また同フォーラムはオンラインでも同時中継され、125カ国以上、約1000人が視聴。成功に終わった。13日に開催されたメーンイベントをリポートする。

荒井正吾奈良県知事とUNWTO事務局長のズラブ・ポロリカシュヴィリ氏。BCC学長のホセ・マリ=アイセガ氏(写真左)と、
荒井正吾奈良県知事(中央左)とUNWTO事務局長のズラブ・ポロリカシュヴィリ氏(中央右)。
トークセッションに先立ち行われた、UNWTO本部 観光市場情報・競争力部のディレクター サンドラ・カルバオ氏(右)と、2019年にミシュラン3つを獲得したイタリアのリストラン「ウリアッシ」のカチア・ウリアッシシェフの対談。
トークセッションに先立ち行われた、UNWTO本部 観光市場情報・競争力部のディレクター サンドラ・カルバオ氏(右)と、2019年にミシュラン3つを獲得したイタリアのリストラン「ウリアッシ」のカチア・ウリアッシシェフの対談。

UNWTO(国連世界観光機関)が主催する『ガストロノミーツーリズム世界フォーラム』は、食と観光分野が連携し、地域の伝統や多様性をサポートすると共に、文化の発信と地方経済の発展、持続可能な観光と食を伝えるためのプラットフォームの提供を目的に2015年から開催。今回はスペイン・バスクのサンセバスチャンに拠点を置く欧州における食の最高学府『バスク カリナリーセンター(以下BCC)』と奈良県、観光庁の協力のもと開催された。

本誌2022年12月号の特集「ガストロノミーツーリズムが担う、地産地消の地域起こし」でお伝えしたように、奈良県では約10年以上前から食と農を連携させ地域活性イベントを強化。近年は、奈良県に置かれるUNWTO駐日事務所や観光庁と連携し、奈良県での開催誘致に向けて動いていたところ実現したかたちだ。

念願の開催にあたり、オープニングセレモニーでは荒井正吾奈良県知事が「このフォーラムは持続可能性や、グローバルな地域社会を考える上で重要なものとなる。奈良県での議論が実りあるものになることを願っている」と挨拶した。

女性と若者の才能をテーマにしたトークセッション1。BCCのホセ氏がモデレーターを務め、スピーカーにはスペイン、フィリピン、日本で活躍する3名の女性シェフのほか、アジア太平洋観光協会のリズ氏、日本からは発酵デザイナーの小倉ヒラク氏、デュカス・パリ総支配人のジャン・フィリップ・ザーム氏が登壇した。
女性と若者の才能をテーマにしたトークセッション1。BCCのホセ氏がモデレーターを務め、スピーカーにはスペイン、フィリピン、日本で活躍する3名の女性シェフのほか、アジア太平洋観光協会のリズ氏、日本からは発酵デザイナーの小倉ヒラク氏、デュカス・パリ総支配人のジャン・フィリップ・ザーム氏が登壇した。

メーンイベントであるトークセッション1では、「女性と若者」をテーマにBCCのホセ・マリ・アイゼガ学長が進行役を努め、女性シェフや起業家、レストラン経営幹部など6名が登壇。

「観光やホスピタリティ、ガストロノミーは新しい価値を提案し、雇用を生み、社会経済発展に対して貢献している。しかし、課題は多数。特に若者と女性。ジェンダーバランスを整え、いかに若者にこの業界に入ってもらうか。彼らを惹きつけ、キャリアを重ねるためにはどこを変える必要があるのか。そして女性シェフがトップになるには何を変革する必要があると思うでしょうか?」 
と、ホセ・マリ・アイゼガ氏がまず問うた。

観光の観点から答えたのは太平洋アジア観光協会最高責任者のリズ・オリティゲイラ氏。
「若者は目的意識を持つことや整った労働環境を特に望んでいると感じます。経験が浅い若者でも誇りと尊厳、そして適正な賃金と労働環境が重要。また、あらゆる仕事のデジタル化と自動化が進む昨今、この業界は人間がおもてなしをするヒューマンサービスにもっと価値を置き、プライドを再構築すべきです」
と、ヒューマンサービスの価値向上を若者のモチベーションに繋げることを提案。

スペイン・サンティアゴのミシュランスターレストランのシェフであり、女性を基盤にしたレストラン経営を行うルシア・フレータス氏は「昔は縦社会が厨房内にありましたが、今は若者でも活躍できるスペースを与えるべき。そのためには働き方改革やサステイナブルなレストランであるべきです。また、パンデミックを経験して基本的な生活が変わった今、女性にとっても働き方は重要です。私自身もシェフという立場だけではなく、家族を持つ母としての側面を、パンデミックを経て強く意識しました。厨房やフロアの中だけではなく、生産者や業者の女性とも助け合うこと。私自身がロールモデルとなり、女性もレストランを持てることを示したい」と話した。

また、UNWTOサステイナブルのアンバサダーであり、フィリピンでレストランを多店舗展開し、2016年アジアの最優秀女性シェフ賞に輝いた起業家でもあるシェフのマリア・マルガリータ・フォレス氏は「厨房では両方のジェンダーが結束することが大切。私の店では男女半々ですが、重要なのは男女が平等だと示すこと。スターシェフは男性が多いですが、多くの男性シェフが“自分の味を形作ったのは母親”だと話しているように、本来、男女差は無いもの。そしてどの業界でも女性が増えてきており、役割が変わってきていることを認めるべきです。女性にとって仕事も、母であることも両方大切なこと。そのことを周囲の男性も理解しないといけない」と話した。

2022年アジアベストレストラン50で「アジアの最優秀女性シェフ賞」を受賞した東京「エテ」のオーナーシェフ・庄司夏子氏は24歳での開業時に、融資を受けられず、スタッフの雇用にも苦労した経験を紹介。
「当店は100%、20代の女性スタッフで構成していますが、自分が経験して来た劣悪な労働環境や女性だからといって心無い言葉をかけられた経験など、同じことを若い人にはしたくない。若者を惹きつける策としては、スタッフ個々の背景にまで配慮し、週休2日にしているほか、母の日と父の日、誕生日は有給にしています。また当店ではアートやファッションなど別の文化を取り入れ、新しいレストランとしてのアプローチをすることで、彼らを惹きつけています」と話し、将来的には「最優秀女性シェフ賞」がなくなるジェンダーレスな業界を望むと話した。

これら議論から見えてきたのは、日本のみならず、世界各地で女性シェフが誕生しにくい現実や若者の業界離れが深刻である、という事実。女性の問題に対してはまずは政府機関やトップからガラスの天井を取り除くこと、男女間の賃金格差をなくすこと。そして未来を担う若者の問題においては、モチベーションの維持と労働環境が鍵となることが炙り出された。

ホセ・マリ・アイゼガ氏は「オーナーによる意思決定、目的意識を持たないと人材を集められない。しかし、確実にこれから変革が興る予兆がある」とし、登壇者からは「間違いなく女性の時代がくる」「あらゆる分野でヒューマニズム、個々の背景が重視される時代が来る」という声が挙がった。

「スタートアップコンテスト」の優勝者は、トルコ出身のセルカン・トソ氏(写真中央)。2015年に来日し、2018年に東京での食体験の予約プラットフォーム「byFood」を設立。予約した一人につきカンボジアの子どもたちに給食10食を贈る、という寄付を組み込んだビジネスモデルが評価された。
「スタートアップコンテスト」の優勝者は、トルコ出身のセルカン・トソ氏(写真中央)。2015年に来日し、2018年に東京での食体験の予約プラットフォーム「byFood」を設立。予約した一人につきカンボジアの子どもたちに給食10食を贈る、という寄付を組み込んだビジネスモデルが評価された。

続くトークセッション2では観光業界、飲食業界の「持続可能性」や「SDGs」について話し合われた。世界では1日15億円分の食料廃棄物が出ているという驚きの事実を示した上で、日本の『JTB』や『フードロス バンク』、シンガポールの『Winnow Solutions』の取り組みや、インドでサステイナブルなホテル経営に成功する『ICTグループ』などの取り組みを7名の登壇者が紹介。

議論の終盤において、今後の提案としては「サステイナブルツーリズムのサプライチェーンの必要性」「持続可能についての議論を続けること」「誰でも展開できるエコシステムの開発」「カーボンフットプリントを削減するためには厨房から考えるべき」といった声が挙がった。

最後に行われたのは、UNWTOとBCCが共同で行うスタートアップのコンテストで、今回が第3回目となる「ガストロノミーツーリズム スタートアップ コンペティション」。90カ国200のスタートアップから応募があり、6組のファイナリストが約6分間のプレゼンテーションを行った。

優勝したのはトルコ出身のセルカン・トソ氏が日本で展開する飲食店予約プラットフォーム『by food』。これは、日本において電話予約しか受け付けていない中小規模の飲食店をオンラインで自国の言語で予約すると、AIが日本語で飲食店へ電話し、通話で予約してくれるサービス。また日本の情報発信やEコマースでの通販にも利用でき、来日する前に知識を得、多言語で予約可能。帰国後も気に入った飲食店の商品を買うことができる、総合的なサービスだという。今後も魅力的な食文化があるにもかかわらず言葉の壁がある国での展開を予定しているという。

この他、開催期間中には訪日した関係者が奈良県の生産者を巡るエクスカーションなどが催され、奈良県や日本の魅力を堪能。食と観光が連携し、伝統文化など地域の価値連鎖(バリューチェーン)を国内外に向けてPRした。本開催が一層、飲食や観光業界における命題に対峙する貴重な機会となったことは間違いない。

■第7回UNWTOガストロノミーツーリズム世界フォーラム
https://www.pref.nara.jp/60736.htm

text:佐藤良子

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