料理人にとって大切なことのひとつに「おいしさ」の追求があるが、近年、海外では日本料理が人気を博し、さらに日本を訪れる外国人観光客も急増していることから、おいしさだけでなく、「安全性の高いおいしさ」を求める料理人が増えている。そこで抗菌をテーマに食の安全性に注目。
長年にわたり食材そのものの持つ抗菌力についての研究を続けてきた徳島大学の金丸先生に、簡単ですぐに活かせる抗菌の技と知識について聞いた。
金丸先生が、食物の持つ抗菌力の研究を始めようと思い立ったのは、4年近くも前のことだ。当時は、細菌やカビなどの増殖を抑制するための、化学的に合成された食品添加物全盛の時代だった。
「食品機能学を専門にし、微生物の研究もしていたので、食品の安全性には非常に興味がありました」
金丸先生は研究を開始した当時を振り返る。
食品添加物は食べても体に害はないとされていたが、化学的に合成されたものである以上、やはり健康への影響も懸念された。「少し違うかもしれませんが、農薬を例に考えてみましょう。ひとたび病害虫などのトラブルが起きると、次に起こさないために、簡単に薬品の濃度を上げてしまいがちです」。
化学的に合成されたものには、そんな落とし穴もあり、また、それを使うことでおいしさを損なう可能性もある。最近、多くの店で使われている次亜塩素酸にも、味を変える要素があるのではないか、と金丸先生は危惧する。
「食品由来の抗菌力について調べ、その中から、安心して使えてしかも抗菌力の高いものを提案したいと思いました」
そこで始めたのがワサビとカラシの研究。粉ワサビとカラシ粉を使用して研究を開始した。粉ワサビは、ホースラディッシュの乾燥粉末にカラシ粉を加えて着色したもの。カラシ粉は、洋カラシのブラックマスタードとホワイトマスタードの脱脂粉末の混合だ。
ワサビもカラシも生を使う選択肢もあったが、生は水分が多く、品種による差や個体差などもあり、結果に影響するのではと考えてパウダー状のものを使用した。結果、ワサビにもカラシにも抗菌効果あり、ことに粉ワサビの抗菌効果は高い。培養液中では0.4パーセントの粉ワサビでは57時間、0.8パーセントでは4日ほど細菌の増殖が見られなかったという研究結果を得たのだ。
あのツーンとくる風味に抗菌力がある
ワサビの抗菌効果は、アリルイソチオシアネート(AIT)と呼ばれる辛味成分に含まれる。口に含んだ時に、ツーンと鼻に抜ける成分で、抗菌効果だけでなく、食欲増進効果などもあるとされる。ヨーロッパ原産の西洋ワサビ(上)にも抗菌効果はあり、ホースラディッシュ、レフォール、北海道では「山ワサビ」と呼ばれる。「粉ワサビ」や「カラシ粉」などの原料としても使われる。
ワサビやカラシをはじめとする香辛料の抗菌力が、実際にどのような細菌に効くのかーー。
金丸先生は、食中毒の原因となる黄色ブドウ球菌や大腸菌ほか、常在菌として土壌や大気中に普通に存在する緑膿菌や枯草菌などについても研究を行った。数多くの種類がある大腸菌の中には、食のトラブルに関与しないものもあれば、常在菌の中には納豆菌のように人間生活に有益に働く菌もあり、タイプの異なる菌についての抗菌力を調べたのが下の表だ。
微生物に対する香辛料抽出液*とその精油成分の最小阻止濃度
香辛料の有する抗菌力の比較。数字が小さいほど抗菌力は高い。太線から下は、香辛料に含まれる成分。
・調理科学Vol.25No2(1992 )参照
*10gの粉末試料を70mlのエタノールで抽出し、10㎖に濃縮したもの
「中性(pH7)と酸性(pH5)で実験を行ったのは、一般的に細菌は中性を好んで増殖しやすく、比べて酸性では増殖力が弱い傾向があるという理由からです」と金丸先生。
この実験では、同時にカビの検証も行った。細菌とは違い、カビには酸性を好んで増殖する特性があるが、その環境下でもシナモン、クローブ、オレガノなどにはカビの増殖を抑える働きが見られたという。
また金丸先生は、香辛料から抗菌作用のある成分を取り出して、香辛料そのものと抽出成分との抗菌力の比較なども行っている。「たとえば、ワサビから抽出した抗菌成分アリルイソチオシアネートとワサビそのものの効果についての実験なども行いました」
ごく一般的には、ワサビそのものより、抽出成分のほうがより強い抗菌力を発揮しそうだが、そうでもないらしい。
「そのような結果を得られることもあれば、ワサビそのもののほうが高い抗菌力を示すこともあって、それが食物の不思議。菌も含めて食物のさまざまな要素が複雑に働き合っているためと考えられます」
香辛料における抗菌作用の強弱
香辛料には菌の発生を抑える「抗菌作用」のほか、酸素が関与する有害な反応を減弱する「抗酸化力」を備えたものもある。抗酸化力が特に強いものには、クローブ、セージ、ローズマリーなどが挙げられる。
・調理科学Vol.25No2(1992)参照
飲食店で香辛料を使う場合、「表面に付着した微生物が食中毒などのトラブルを引き起こさないように注意することも大切」と、金丸先生はアドバイスする。
食生活の多様化によって日本でも香辛料のニーズは高まり、現在、100種を超える香辛料が流通しているといわれている。流通する香辛料の栽培地域は大きく3つに分けられる。(1)熱帯から亜熱帯地域の南アジア、中央アフリカ、ラテンアメリカなど。(2)亜熱帯から温帯地域のアジア、アフリカ、ヨーロッパ、南北アメリカ。(3)温帯地域のアジア、ヨーロッパ、アフリカ、南北アメリカということになる。
各国から輸入される香辛料は、外気で乾燥し、さまざまな菌が付着していることもある。そのため外国では、Ⅹ線やガンマ線、電子線などによる放射線を照射し、貯蔵期間の延長や、殺菌・殺虫対策としている。しかし、日本ではこうした食品照射が認められていないため、酸化エチレンによる燻蒸や加熱水蒸気に数秒接触させるなどの蒸気殺菌を行っているが、食品照射に比べて有効でないという声もある。
「生のハーブを使うなら、十分な洗浄が必要なのは言うまでもありませんが、乾燥した香辛料についても軽く洗い流したり、風味を損ねない程度に焙煎したりするのもひとつの方法だと思います」
香辛料に詳しいシェフの中には、海外で買い求める人もいるが、その際、殺菌処理については確かめる必要がある。
「私たちの暮らしには菌が溢れていて、普段口にしている肉や魚、野菜にもたくさんの菌が付着しています。神経質になり過ぎる必要はありませんが、レストランではやはり細心の注意が必要ですね」
日本には抗菌性の高い酢や塩、植物などを使った郷土料理もある。そうした日本人の知恵を見直し、香辛料の効果と合わせて、「抗菌」を「美味しい!」に高めたい。
加熱して表面に付着している微生物を死滅させる
乾燥タイプの香辛料の場合、煮込んだり焼いたりして、加熱して使うぶんにはまったく問題はないが、中には、蓋の開け閉めの際などに、「微生物の増殖が気になる」という人もいるだろう。そういう場合は、香りを損なわない程度にフライパンなどで軽く焙煎して使うとよい。そうすることで香りが立ち、香ばしさも増す。
酢や塩と合わせて使う
酢や塩には高い抗菌効果があるので、たとえば、香辛料を加熱せずに使う場合でも、酢を使ってマリネにして冷蔵庫で低温保存したり、たっぷりの塩を用いて塩漬けにしたりすれば、細菌の増殖をそれほど気にしなくて済む。
水分を含ませたまま常温で長く置かない
生のハーブはもちろん、乾燥させた香辛料の表面にもさまざまな微生物が付着している。生の場合は十分な洗浄で微生物対策を。乾燥してパウダー状になった香辛料の場合は、調理して(水分などを加えて)常温に長く置くと菌が増殖する恐れがあるので、食べる直前にかけること。
複数組み合わせて味と抗菌力をアップする
香辛料の抗菌力を比較すると、それぞれ風味が異なるように効果についても強いものから弱いものまでいろいろある。効果の弱いものを強いものと組み合わせるなど、抗菌の面からの組み合わせを工夫してみる。
本記事は雑誌料理王国第285号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第285号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。