オープン以来18年間満席の三ツ星レストラン「アストランス」のシェフが語る食の未来


「京都・清滝に行ってきました。千年前、人々は往きも帰りも歩いて魂を休めに行ったんだと感じました。」

8月のヴァカンスをアジアで過ごしたいと、香港から日本にやってきたパリ「アストランス」のシェフ、パスカル・バルボさん。金沢では発酵文化の奥深さに触れ、福井・越前大野では百年近く醤油や味噌を作り続けているメゾンを訪問したという。

大好きな京都滞在中に、トップシェフの現在の関心事を聞いた。

「発酵」という保存方法の中に 自然へのリスペクトが潜んでいる

――越前大野は名水の町。日本らしい暮らしが静かに息づいていますね。

フランスにもチーズやワイン、シャルキュトリなどの発酵食品がありますが、日本の発酵は独特です。

――洋の東西を問わず、発酵は「保存」のための知恵ですよね。

子どもの頃には、豚を一頭殺して、燻煙をまとわせ、熟成させてシャルキュトリを作っていました。水分を抜いて、腐敗を防ぐ。ブドウを酒にして飲み、牛乳をチーズにする。野菜は塩漬けにして乳酸発酵させてシュークルートにする。発酵した野菜のビタミンCは2倍にもなる。もちろん消化にもいい。

──日本の発酵はどうでしたか?

醤油や味噌作り、ことに「蕪かぶらずし」の発酵・熟成はおもしろかったです。糀を、まるで調味料のように使う。原料が大切で、「ブリ」と「かぶ」と「米」が、糀によって熟成されると聞きました。おいしかったですよ。

──野菜もおいしいですしね。

羽は くい 咋(石川県)の野菜も素晴らしかった。今回の訪問で何よりも感じたのは、「自然との共生」でした。カブは自然農法で育て、野菜を漬けるのも自分で。食と農業が、途切れずにつながっているんです。

──パスカルさんの最近の関心事ですね。

発酵は、微生物が、食材に含まれるタンパク質やデンプンを分解し合成して、身体により良い成分を生み出してくれる。時間とともにテクスチャーがだんだん変わって、味も感も変わっていく。菌と時間の賜物です。「待つ」こと。「自然をリスペクトする」ことを教えてくれる。

──人間が手出しのできない「時間」が決め手だ、ということですね。

微生物と時間が「味」「風味」を良くしてくれる。「保存」の考え方や方法は各国によって違うけれど、こういう中から、自然をリスペクトする考えが生まれたと思います。

季節外の食材を求める現代の食生活は無駄遣いが多すぎる

──現代のガストロノミーを追求するシェフにとって、「自然と共生する」というテーマは、言うほど簡単ではないでしょう?

昨夜、本を読んでいたら、かつての牛肉の脂肪交雑率は3%だったが、今は
25%以上になっている、と。驚きの数字でした。

──日本でもA4、A5の格付けを取ろうと思ったら、サシの入った、つまり脂肪交雑度合いの高い牛をつくらなければいけないんです。

それは世界共通の現象で、牛に運動をさせず、どんどん栄養価の高い餌を与えて、脂肪だらけの肥満の牛を育てています。成人病で入院する直前のような牛を食べているから、現代人にはアレルギーが多いのではないか、とさえ思います。

──フランス料理の肉焼きの匠といわれるパスカルさんが、そう感じているというのは、衝撃ですよ。

いま再び、先祖の暮らしを見直す時期に来ているのではないかと、強く思います。世界の人口がこのまま増え続けたら、どんなに生産しても食料はもちません。だからといって、ひたすら効率よく大量生産すれば良いのか。ことに、これからは肉食を減らして、野菜を増やさなければいけない。つまり、もう一度、祖父母の時代の食生活を見習ったほうがいいのではないか、と強く思います。牧場も、同じ1000頭の牛を育てるにも、1カ所に1000頭いる大牧場より、小さい牧場がいくつかある方が地球を汚さないんです。

「いま再び、先祖の暮らしを見直す時期に来ているのではないかと、強く思っています。」

──料理人としては、どうすればいいんでしょうか。

質の良いものを少量使って、季節を大切に料理すること。生産者に、季節外のものを求めないこと。たとえばトマトは、季節外れでも生産性を上げるために、温室の中で二酸化炭素を400PPM(およそ㎎/ℓ)にして管理していたりするんです。畑で外光を浴びて育った旬のトマトは15PPMあればおいしく熟します。結果的に、こんなところでもオゾン層を破壊しているのに、だれもそれを知らない。それは、料理人も含めてみんなが、季節外のトマトを求めるからです。無駄遣いが多すぎるんです。

──生産者に「季節外」を求めない?

季節外を求めなくても、野菜も魚も多様です。それを組み合わせていいものにするのが料理人の仕事です。

母の家庭料理が僕を料理の道に導いた

──1年中ある食材使いに慣れてしまっている料理人には、発想の転換がなかなか難しいでしょうけれど。

教育が大事。僕も、自分のところの若いスタッフに、教育しています。こうやって日本に来たり、世界を旅すると、世界中の技術やアイデア、発想と出会います。先ほどの「発酵」もそうです。でも、行ったその土地の食材そのものが欲しいわけではない。それをやろうとするから、世界中の料理が均一化してきているんです。発想や技術は謙虚に学んで取り入れる。でも、料理人は、基本的にその土地のものを使って、その土地の料理を作るべきだと思います。

──フランスの中央部、オーヴェルニュ地方のご出身ですよね。

ヴィシーという町の近くで生まれました。木いちごを摘んだり、豆や野菜、ウサギや鳩も育てていました。父と狩りに行き、キノコを採ったり栗を拾ったり。新鮮でおいしい食材ばかり食べていました。肌で季節を学ぶことができたことに感謝します。

──なぜ、料理人に?

母の家庭料理はシンプルだけどとてもおいしかった。その食生活が、僕を料理の道に導いたと思います。料理人は父から子へ、というケースが多い時代だったので、珍しがられました(笑)。14歳でヴィシーのホテル専門学校に入って料理を学びました。でもレストランのシェフになりたいと思ったことは一度もありません。僕がしたかったのは、おいしいごはんを作ること。食材を大切にして、いいものを作る料理人になることです。

──料理人としてもっとも大切なことは何ですか?

料理人の仕事はまず料理を覚えて、作ること。食を理解すること。そしてそれを大事にし、尊敬すること。

──どんなとき幸せを感じますか?

まずいい食材が届いたとき。それからお客さまが「ああおいしかった」と言ってくれたとき。あとは、生産者が僕の料理を食べに来てくれたとき。僕たちは、生産者が育ててくれたものを受け取り、その姿を変えて食べ手に渡すことができる。彼らの人生や自分の体験を、料理を通してほかの人に伝えることができる。すべてがインスピレーションの源。料理人になってよかった、と思います。

Pascal Barbot
14歳で専門学校に入り、兵役についたあとオーストラリアに。2年間シドニーのレストランで働き、1993~98年にアラン・パッサール氏の「アルページュ」に。2000年に27歳で独立。「アストランス」をオープン。32歳で、フランスの「ゴ・エ・ミヨ」で19点(満点は20点)を獲得、その年のベストシェフに選ばれた。07年に「ミシュラン・ガイド」で三ツ星。オープン以来満席が続いている。

Astrance
アストランス
4 rue Beethoven, 75016 Paris
+33 (0)1 40 50 84 40
● 12:15~、20:15~
● 土~月休
●コ ース 昼€95~、夜€250
http://astrancerestaurant.com/
民輪めぐみ=インタビュー、構成 村川荘兵衛=撮影 相原由美子=取材協力
text by Megumi Tamiwa photos by Shohee Murakawa special thanks to Yumiko Aihara

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