トップシェフに聞くおいしい温度「レストランラフィナージュ」高良康之さん


基本と最新の技術積み上げた経験をひと皿に

高良康之さん レストランラフィナージュ

「フライパンの煙」が変えた温度への考え方

 日本を代表するシェフのひとりである高良康之さんが温度に対する認識の転換期を迎えたのは、22歳の時、フランスでの修業時代だったという。「厨房で、私はそれまでやっていた通りとにかくフライパンから煙が出るまで温度を高くして肉や魚を焼いていました。その熱いフライパンを洗い場で洗うとモクモクと湯気が上がる。それを見たシェフから怒られたんです。『そんな温度で物を焼いたらダメだ!』と。それから『温度』というものを見直していくようになりました」と高良さん。

 ちょうどその頃、フランスでは真空調理やコンベクションオーブンを使った調理が全盛期へ。高良さんはフランス料理の基本を見直す一方で、当時最新の調理やそれに伴う細かい温度設定も学んでいく。同時にフランスや帰国後の日本で数々の店を食べ歩き、テーブルで料理を食べた時の温度と味の感じ方、すなわち「食べ手としての温度」も体に叩き込んだ。さらに肉は、ただやわらかくきれいなロゼに焼くのではなく、「もっと旨くなるように焼くための温度」を追求。また、席数やメニュー数、スタッフ数も多いグランメゾンの料理長として、効率的な「温度の使い方」も考えたそうだ。

 そんな高良さんのこれまでの歩みが集約されたひと皿が﹁ビーツの香る鴨とスッポンのコンソメのマルミット」だ。まずフライパンを煙が出ない程度、約100℃に温め、鴨肉の表面全体がうっすら白くなる程度に熱を与える。次に網を敷いたバットに鴨肉を入れ、フライパンの100℃よりやや低い90℃に設定したコンベクションオーブンへ。網を敷くことで、90℃の熱風の箱の中に鴨肉が浮いているようなイメージで表面全体から熱を入れていく。上面が乾いてきたら取り出して上下を返し、休ませる。この間、90℃の熱が余熱として肉の中心に向かって行き芯温を上げる。

もっと旨くなるように焼く温度  

 この時に狙う芯温が40〜45℃。この温度では分解酵素が働いてタンパク質をグルタミン酸に変化させるため、肉の旨味が増す。45℃を超えて50℃に近くなると、この働きは失われる。この芯温40〜45℃の状態をなるべく長く保つため、肉が乾いたらコンベクションオーブンから出して返して休ませ、再び入れては出しての工程を繰り返し、旨味を極限まで引き出していく。仕上げにフライパンで、食べておいしく、かつドリップが出ない65℃まで芯温を上げる。最後に、スッポンのコンソメを80℃で鴨肉と合わせてお客さまへ。これで「もっと旨い」鴨のひと皿ができ上がる。

最後はアナログで熱を沸かせて料理に「味わい」を生み出す

 もうひと皿は、「サワラと若筍のコンポジション、キャビアと共に」。春野菜であるタケノコが『最も香る温度』で調理する。鹿児島の早堀りのタケノコを、塩とオリーブオイル、もしくはフォワグラの脂と真空パックにして鍋でゆでる。この時の温度は80℃以上。タケノコは他の野菜より火が入りにくいため、高めの温度でゆでるのだ。この時、湯切り用の穴が空いた蓋をして、鍋の中の空気を入れ替えさせ熱を動かしながら、素材の鮮度、味や香りが失われないように火を入れる。これを「最も香る」60℃にして提供する。合わせるサワラは、55℃に設定したウォーターバスで芯温50℃になるよう調理。最後にサラマンダーで皮目を香ばしく焼きながら芯温を60℃に上げ、皿全体の温度を統一し調和させている。

「今はデジタルで温度管理ができますが、それだけで調理をしてしまうと『味』はできても『味わい』はできません。鴨肉を最後にフライパンで焼く、サワラをサラマンダーで炙る、というふうに、仕上げはアナログで、かつ高い温度で食材の中の熱をぐっと沸かせる。そうすることで料理に熱さや旨さが生まれるんです。料理は生き物ですから、そこを大事にしたいですね」。

ビーツの香る鴨とスッポンのコンソメのマルミット
肉のたんぱく質が旨味に変わる40~45℃をなるべく長くキープできるよう、細かく火入れしたひと皿。仕上げはフライパンで、食べておいしいと感じる65℃に。極限まで旨味を引き出した鴨肉に、ビーツと炊いたスッポンのコンソメの旨味を80℃で合わせる。

サワラと若荀のコンポジション、キャビアと共に
料理人を始めた頃から野菜料理の温度は難しいと感じているという高良さんが、春野菜であるタケノコの淡い香りと甘味が感じられるよう、提供温度を60℃に設定したひと皿。サワラも60℃に揃えて仕上げる。ソースはハマグリと生ハムのだしにハーブを合わせたもの。

おいしい温度はここから生まれる

低温で火入れし、最後に香ばしく
60℃に仕上げるタケノコを邪魔しないよう、合わせるサワラはまず55℃に設定したウォーターバスで芯温50℃に。ふっくらしっとりと上がったサワラを、仕上げにサラマンダーで皮目を香ばしく焼き、60℃に仕上げることで、皿全体の統一感を演出する。

完全には密封せずに熱を動かす
タケノコをゆでる際には、湯切りの穴が空いた蓋で鍋の中の空気を出入りさせる。密閉されてよどんだ高温の中でゆでるのではなく、熱の動きがある中でゆでることによって、味や香りを失ってしまう前に、狙ったタイミングで食材に火を入れることができる。

90℃の箱の中に浮かせるように
網を敷いたバットに鴨肉を入れ、90℃に設定したコンベクションオーブンに入れる。浮かせているのに近い状態で加熱することで、全体に均等に熱が入っていく。火の入り具合は見た目の乾き具合や金串で感じる温度で確認し、仕上げはフライパンでと、大事なところはアナログで。

Yasuyuki Takara
1967年東京都生まれ。「ホテルメトロポリタン」を経て1989年に渡仏し、約2年間修業を積む。帰国後「ル・マエストロ・ポール・ボキューズ・トーキョー」などを経て、2007年「銀座レカン」の料理長に。2018年に独立し、同年10月に「レストラン ラフィナージュ」をオープン。

河﨑志乃=取材・文 平石順一=撮影

本記事は雑誌料理王国2019年4月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は 2019年4月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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