「最近、どこかよい店はありましたか?」フーディーたちの間でよく交わされる言葉だ。そのなかで、最近よく聞く店がこの「オード」である。
オーナーシェフの生井祐介さんは、東京・八丁堀にあったフランス料理店「シック・プッテートル」のシェフを務め、満を持して独立した。オープン前から注目が集まり、オープン後の現在も、SNSを賑わせている。理想的なスタートダッシュを切ったといえるだろう。
「店に立たない開店準備の期間は、店のウェブサイトやSNSのアカウントを作って、進捗を情報として流すということをしていました。これは、開店前から興味を持ってもらうためです。でも、SNSはきっかけでしかない。もちろん、よいリアクションがもらえるのはうれしいですが、興味を持って、実際ここへ足を運ぶということの動機づけになってくれれば充分。実際に食べないと味はわからないですから、人の興味をくすぐるような料理を作っていきたいと思っています」
開店までの準備期間は、前職を退職してから半年。もちろん、物件を探したり、コンセプトやメニューについて考えたりなどは、少しずつ始めていたのだという。
「実は一番時間がかかったのは、コンセプトを決めることです。店の名前を決めたと同時に、コンセプトに肉付けをしっかりしていきました」
そして、やはり店に必要なのは人材。前職や横のつながりなどを通じて、多方面からスタッフを集めた。「たまたま、代前半から中盤くらいの若いスタッフが集まっています。面接した時に、僕がどういう店にしたいか、どういうチームを組みたいかという話をすると、真剣に聞いてくれたんです。そういう人とは目標を共有できる。そして、目標を共有する以上、自分も中途半端なことはできない、迷惑はかけられないなと気合が入ります」
オーナーシェフとして表現したいコンセプトを詰め込んだ店、よいスタッフ。それ以外に準備に必要だったものは、実は前職ですでに得ていたのだという。
「前職で、お客さまにきていただけるようになってからは、お客さまにおいしく楽しく帰ってもらうことに努めて、その信用を獲得できるように邁進しました。さらに、たとえば星を獲るとかガイドブックに掲載されるとか、そういう対外的な評価もついてきた時点で、ようやく独立できるな、と思っていました。しっかりしたプロフィールを作るために、積み上げていったんです。自信というほどではなくて、半信半疑でも、これだけやってきたのだからと。あとは、やるしかないと思いました」
独立する時に、「やるしかない」という勢いは必要だったが、勢いだけでは危険ともいう。
「もう人に使われるのは嫌だとか、自分が表現したいことをやってやる、といって闇雲に店を始めても、よいスタートは切れない。ただ、何かひとつでも、とりあえずそれにすがっていれば大丈夫、と言えるだけの確かなものがあれば、前に進めるのではないでしょうか」
幸先のよいスタート、その先に見据えているものは何なのだろうか。「日本のよさを、東京から、日本のみならず海外へも発信していきたいです。日本の食材を打ち出しながら、フランス料理の基本を使って、東京の、ここでしか食べられない料理を発信できて、それにリアクションをもらえればと思っています」
サンマ/牛肉/ブーダンノワール
「オード」のテーマカラーであるグレーで統一されたひと皿。サンマの骨や頭をピューレにして作ったメレンゲで覆われた中にはサンマのフィレやオイルコンフィ、そして牛肉のタルタル、ブーダンノワールが潜んでいる。繊細な味の組み立てで楽しませるシグニチャーディッシュとして、鮮烈な印象を残すだろう。
○ 店名を含むコンセプトをしっかり決める。
○ 同じ目標を共有できるスタッフを集める。
○ ウェブサイトやSNSで情報発信し、開店準備の段階から興味を持ってもらう。
Yusuke Namai
1975年東京都生まれ。25歳の時、料理の世界に惹かれ都内のフランス料理店で働き始める。2003年より「レストランJ」、「マサズ」の植木将仁氏に約5年間師事。その後、「ウルー」で3年間シェフを務め、2012年「シック・プッテートル」のシェフに就任、2015年に一ツ星を獲得した。2017年9月、東京・広尾に「オード」をオープン。
澤 由香=取材、文 小寺 恵=撮影
本記事は雑誌料理王国280号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は280発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。