「素材に惚れこむ。僕の料理人としてのイメージはそこから膨らみます」と語る谷昇シェフは、当然、目にかなった“惚れた食材”を使う。
とはいえ、必ずしも本場フランスの食材にこだわっているわけではないという。
ジビエには欠かせないコルヴェール(青首鴨)は、宮城県の鴨獲り名人が送ってくれるもので大いに満足している。しかし、これだけは海外からというのが、ハトとフォワグラとトリュフだ。フランス料理に欠かせないこの3点の食材は、ノーザンエクスプレス社から仕入れている。
フランス・ランド産 ハト
フォワグラの産地としても有名なランド県はハトの産地として名が通っている。「カモについては宮城県の名人が獲るのを使うが、ハトはノーザンエクスプレス社が扱うランド産が気に入っている」と谷さん。
フランス・ペリゴール産 フォワグラ・オア
フォワグラの産地は、フランス南西部のペリゴール地方や、ランド県、アルザス地方などが有名。しかし、谷さんは産地にこだわるよりも、インポーターとの信頼関係を大切にしている。
オーストラリア産 フレッシュ 黒トリュフ
イタリアやフランスのトリュフは12月から2月に採れる冬トリュフと、5月から8月に出回る夏トリュフがあるが、谷さんは最高級のオーストラリア産のフレッシュ 黒トリュフを使う。
今から20年以上も前のこと。30代後半の谷さんは、フランス北東部・アルザスの三ツ星レストラン「クロコディル」で働いていた。そこで「まず大切なことは、食材の卸業者に信頼されること」と教わった。
「つまり、自分が惚れられる食材を提供してもらうためには、こちらが人間的にも技術的にレベルアップしなければならない、ということです」
卸業者が、胸を張って最高の素材だ、と自慢して持ってきてくれるレストランでなければならないのだ。
いつかは、そういう店を出したい。この思いが谷さんを支えてきた。
海外からの輸入となれば、頼りになるのは、インポーターとシェフとの信頼関係だけだ。自分の足と目で確かめてから、仕入れるわけにはいかないからだ。
「ですから、僕のほうが安定して良い食材を仕入れるレストランに成長していかなければならない」と谷さんは思う。ヨーロッパから帰国し、その後「ル・マンジュ・トゥー」を開いたのは1994年。
「ノーザンエクスプレス社さんとは以前、僕が『オー・シザーブル』でシェフを務めていたころからのお付き合いです」と谷さん。
「月に100万円ほど仕入れる立場になって、ようやくこちらも認めてもらえる。そうなるには年月がかかります。ル・マンジュ・トゥーは、最初は3800円のコースからスタートしましたから」
志を秘めて時間をかけて、信頼関係を築いたインポーターから仕入れた食材。それに触発されて、今回、谷さんが表現してくれたひと皿は「ハトのショーフロワ」だ。ショーフロワとは、古典的なフランス料理のひとつで、冷製料理を意味する。「若い頃に読んだ古代ローマ時代のレシピ本に『ハトのビスク』という言葉があった。ハトでもビスクを作っていたのだ、と驚きました。本来、『ビスク』とは、カニやエビなど甲殻類を煮詰めて作る濃厚なスープを意味します。それを、古代ローマ人にならってハトでやってみようと思ったわけです」
こうして生まれた谷さんのスペシャリテが「ハトのビスク」である。「ショーフロワ」の食材は、今のところ国内産ではカバーできない。
ハトのささみ肉に丸く飾られたトリュフ。
「トリュフは冬に収穫されるトリュフが香りも味もいい。今の時期、イタリアだと夏トリュフになってしまいます。僕には夏トリュフがピンとこないので、季節が反対のオーストラリアのフレッシュ 黒トリュフを使います」
ハトはフランス南西部の、ニワトリやハトの名産地として知られるランド産を使う。
「ここのハトは確かにいい。血と内臓を使って『シヴェ・ソース』を作りますが、その血の感じがじつにいい。気に入っています」
今回のひと皿では、このシヴェ・ソースを、ムネ肉に纏わせている。艶やかにチョコレート色に輝くハトのムネ肉は、なんとも滑らかで深い味わいだ。
「この値段ではとても使えない、と思っても、すばらしいトリュフやフォワグラに出会うと、つい使いたくなる」と笑う谷さん。しかしそれでは経営が成り立たない。
「分かっていますから、原則キロ12万円以上のトリュフは使わない、と自分で決めているのですが……。それでも誘惑にかられる。このすばらしい素材を、技術でさらに超えたい、と思うわけです」
この言葉の奥に、「フランス料理」に夢とプライドをかける、谷昇という料理人の真髄が潜む。
ハトのショーフロワ
ローストした鴨胸肉を大胆に盛り、フォアグラとトウモロコシのガレットを添えたひと皿は、鴨をめぐるストーリーで構成されている。メインの鴨肉に対して、その内臓であるファアグラ、そして鴨がふだん餌として食べているトウモロコシが添えられているのだ。アクセントとして、マデラワインと白ワインに鳥のブイヨンを加えたマデラソースや、青コショウがきいている。
Noboru Tani
1952年、東京生まれ。35歳でアルザス地方の三ツ星レストラン「クロコディル」と二ツ星レストラン「シリンガー」で修業。1994年に独立。「ミシュランガイド東京・横浜・湘南」で6年連続2ツ星に輝く。2012年「辻静雄食文化賞専門技術者賞」受賞。
上村久留美=取材、文 大野利洋=撮影
本記事は雑誌料理王国2013年9月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は2013年9月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。