田舎なれども南部の国は、西も東も金の山ーー。
民謡「南部牛追い唄」の一節だ。江戸時代、「南部」地方(現在の岩手県北部~青森県東部)では、人々はこの唄をうたいながら、三陸海岸の海産物や塩、鉄などを内陸に運び、内陸からは米や酒を運んだ。この急峻な山越えをする〝塩の道〟小本街道を行き来した大事な〝荷役牛〟が「南部牛」だった。
明治時代になると、産業構造の変化や流通網の発達から荷役牛の役割は減少し、肉用に牛が育てられるようになった。南部牛は、1871年(明治4)にアメリカから導入されたショートホーン種(短角種)と交配され、品種改良が重ねられた。
1957年(昭和32)には、日本固有の肉専用種として正式に「日本短角種(いわて短角和牛)」と認定さる。いわて短角和牛は、暑さ寒さに強い牛で、澄んだ空気と水、豊富な牧草に恵まれた広大な草原でのびのびと育てられている。雪に閉ざされた冬は牛舎で育ち、春になると、広大な牧草地に放牧される。この期間中に自然交配し、3月頃には新しい子牛が生まれるというサイクルを繰り返す。自然と風土を生かした飼育方法で育つのだ。
赤毛なため、地元では「赤べこ」と呼ばれ親しまれてきた短角牛。発祥の地は、岩泉町の釜津田地区で、優良牛の生産に努めてきた歴史は、現在も若い生産者に受け継がれており、岩手の短角牛を代表する。
また、同町安家地区の最高峰・安家森(1239メートル)の草原では、伝統的な「いわいずみ短角牛」の林間解放が行われており、現在でも独自の食文化を保ちながら山の暮らしが伝えられている。
肉質は脂肪分の少ないヘルシーな赤身肉で、かむほどに肉本来の旨さが広がる。短角牛は、現在、流通している国産牛肉の1%ほどと生産量は少ない。しかし、確実にシェフの心をつかんだ岩手県の稀少な牛肉は、これからも食通のファンを獲得するに違いない。
石川勉さん(トラットリアシチリアーナ・ドンチッチョ、東京)
奥田透さん(銀座小十、東京)
金子栄一さん(銀座オザミデ・ヴァン本店、東京)
神戸勝彦さん(リストランテマッサ、東京)
高橋隼人さん(ペレグリーノ、東京)
馬場澄人さん(オステリアルーチェ、東京)
生江史伸さん(レフェルヴェソンス、東京)
堀江純一郎さん(リストランテイ・ルンガ、奈良)
松本浩之さん(レストランFEU、東京)
山野辺仁さん(天厨菜館天王洲アイル店、東京)
横井拓広さん(トラットリアイルフィーコディンディア、神奈川)
とろけるような霜降りの黒毛和牛。この名称は1944年(昭和19)に決定した。岩手県では「前沢牛」が有名だが、黒毛和牛の大半は、兵庫県但馬地方の名牛「田尻」号の子孫、つまり但馬牛である。
前沢牛とは岩手県奥州市前沢地区で飼育されたブランド牛肉で、流通は岩手ふるさと農業協同組合(JA岩手ふるさと)を経由して、全国に販売されている。
前沢牛と祖先を同じにする岩手県南部の門崎地区の門崎丑(牧場ブランド)は、繁殖、肥育まで一貫生産した黒毛和牛だ。また、2006年(平成18)に、いわて水沢牛、岩手いさわ牛、いわて衣川牛、いわて金ケ崎牛の銘柄を統一して誕生した「いわて奥州牛」も注目されている。
荒井世津子さん(熟成肉と本格炭火焼肉又三郎、大阪)
石川重幸さん(クチーナシゲ、東京)海野光生さん(OZAWA、東京)
ホルスタイン種の4分の3と、体の小さなジャージー牛は、イギリスのジャージー島が原産の乳牛。濃厚で風味のある乳を出す。岩手県でもチーズやヨーグルトなど乳製品をつくる乳牛として育てられてきた。
ところが最近は、食肉用に飼育する動きが出てきた。とはいえ、まだまだ生産量は少ない。二戸郡一戸町の奥中山高原で飼育されている食用のジャージー牛「雪丸仔牛」は、1カ月に4頭ほどしか市場に出回らない。その稀少な仔牛を月に2回ほど半丸で仕入れているのは、東京・飯田橋の「チェントルーチ」の須賀孝幸シェフ。骨付きのロース肉を、「じっくりロースト」し、バラ肉をトマトと煮込むなどして、旨さを存分に引き出している。
須賀孝幸さん(チェントルーチ、東京)
産地 岩手県
品種 日本短角種
粗飼料 牧草、デントコーン(国産、自家産)
飼料 小麦、大麦、大豆、ふすま(全て国産)
飼育環境 放牧(冬は牛舎)
「『ピュアで雑味がなく、味の余韻が長い』というのが、初めていわて山形村短角牛を食べたときの印象でした」と話すのは、「レフェルヴェソンス」の生江史伸さんだ。インターネットでたまたま柿木畜産のことを知り、連絡。生産者の柿木敏由貴さんに招かれて、柿木畜産を訪ねた。
大自然のなかで、牛たちがのんびり草を食べている。獣臭もなく、牛たちがとてもきれいに見えた。
「いわて山形村短角牛は、夏、親子で放牧され、仔牛は牧草と母乳で元気に育ちます。一方の母牛は、夏場に自然交配によって妊娠し、翌年2~3月にかけて出産。夏になると、生まれたばかりの仔牛とともに、再び牧場へ出ます。冬は親子とも牛舎で、私たちが手作りしているトウモロコシなどの飼料を食べて過ごします」(柿木さん)
とはいえ、短角牛自体が国産牛肉の流通の1%にも及ばず、評価も知名度も低い。「短角牛が、人に知られず消えていくのはもったいない。ひとりでも多くの人に、短角牛を知ってもらいたいです」
柿木さんの声に力がこもった。
肉の旨さはもちろん柿木さんの人柄が素晴らしい
生江史伸さん(レフェルヴェソンス)
本記事は雑誌料理王国233号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は233号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。