フランス料理を気軽に楽しんでもらおうとフランス本国で2010年にスタートし、日本での開催は翌2011年から今年で12年連続となる「ダイナースクラブ フランス レストランウィーク」。北海道から沖縄まで全国各地から約600店ものフレンチレストランが参加し、9月23日(金・祝)から10月16日(日)までの24日間開催。
今年は「日本の食文化を応援!トレ・ボン 日本のテロワール」をテーマに、わさび、里芋、山菜などの和食材を取り入れたフレンチのコースを各参加レストランで特別に提供される。
そしてそんなテーマにピッタリのシェフが、今年の16人のフォーカスシェフの1人に選ばれたARGOの唐澤豪氏だ。
唐澤シェフは、レストランモナリザにてジョエル・ロブションの愛弟子である河野透氏に師事し、26歳でスーシェフに。その後、銀座レカンにて高良康之シェフのもとでクラシック料理の伝統と技法を学び、さらにエスキスとその姉妹店であるアジルを経て、レ・クレリエールにてモナリザ時代より懇意にする柴田秀之シェフの右腕として活躍する。そして2021年 9月に、半蔵門ARGOにてシェフ就任した。
「UMAMIフレンチ」を掲げ、昆布や魚醤のうま味を巧みに取り入れながら、旬の食材を使い最もおいしい時期に最もおいしい調理法で調理することにこだわり、食事を通じてストーリーを感じられる料理を提供している。
今回はフランス レストランウィークに先立ち、毎年6月21日のフランスの音楽の日にちなんでFête de la Musique by ARGOと題したイベントが開かれた。フランスの名曲を奏でるチェロの四重奏を聴きながら、富山の伝統的な食材や調味料を使って昇華された「UMAMIフレンチ」と、同じく富山、若鶴酒造の日本酒やウィスキーとを楽しむという、「日本の食文化を応援!トレ・ボン 日本のテロワール」をテーマにしたフランスレストランウィークのフォーカスシェフとしてのお披露目には、これ以上ないような会となった。
6月の18時というまだ明るい時間に始まった会は、チェロの四重奏で幕を開ける。フォーレに始まりサティ、ラヴェルとフランスの作曲家による楽曲が続いたが、最後はアメリカ人のガーシュウィンによるフラグメントで盛り上がってディナーへと続く。これはアメリカを訪れたラヴェルにガーシュウィンが弟子入りしようとして、「なぜ一流のガーシュウィンなのに二流のラヴェルになろうとするのだ?」と断られたというエピソードから、実はフランスとも関係があるということでの選曲だ。
そんな演奏に続いて提供されたアミューズ・ブーシュは、唐澤シェフの「UMAMIフレンチ」のエッセンスが凝縮しており、その世界観に一気に引き込まれる。
シェフの出身である新潟の妻有ポークのスモークには濃縮感のあるトマトソースが添えられ、キスは昆布締めにしてからベニエにして梅肉ソース、白エビにはまさに地元の味というべき甘口の醤油が和えられ、昆布のうま味たっぷりのサブレとともに。
こちらは「土に還る食器」であるWASARAで提供されたが、これはレストランの廃棄食材などから液肥を作り、それで野菜やハーブを育ててもらうという循環型のシステムづくりなど、SDGsに関連する取り組みの一環だ。
この一皿には、サンシャインウィスキーにレモンやパッションフルーツを加えて作る、清涼感あふれるARGOオリジナルハイボールを合わせた。
冷前菜は「玉蜀黍のデクリネゾン」。ムースと冷たいポタージュ、そしてシャーベットという3種の玉蜀黍は単に甘いだけでなく、芯で出汁を取ることでしっかりとうま味が加わっている。そして何より大きな下支えになっているのが、はとむぎ茶のジュレだ。
麦茶に使われる同じイネ科の六条大麦などよりも、むしろ玉蜀黍に近いと言われるはとむぎの独特の甘さと香ばしさが不思議な調和を見せていた。
合わせたお酒は純米吟醸の玲橙。淡麗で爽やかな日本酒と甘い玉蜀黍との間を、上に散りばめられたオレンジの香りがよく取り持っていた。
「オマールブルーのパイ包み焼」というクラシックな温前菜には、コート・ダジュールの景色を思い起こさせるようなジェノベーゼ風味のオーランデーズソースが添えられていた。これに合わせたのは若鶴酒造のフラッグシップである無濾過生原酒の純米吟醸、琳青だが、ここで面白い趣向が。
1杯は普通に供されたのだが、もう1杯は同じ酒に昆布を漬け込んだものだったのだ。これによりフレッシュな酸が心地よい味わいがうま味のしっかりした芯の強いバランスにシフトしていた。そしてそれに合わせてグラスもよりふくらみ、広がりがあるものを使用、そして供出温度も若干上げていたように、唐澤シェフの料理だけでなく松本将尚マネージャーを中心としたサービスも一丸となって、「UMAMIフレンチ」を表現していることが窺える。
続く魚料理は「鯧のソテー 紫蘇かおるブールノワゼットソース」。アロゼで柔らかく火入れされた鯧は、当然のように昆布締めに。そう言われてもここまでディナーが進めばもはや驚かない。しかし、その下には米ナスと、アルギン酸のヌメリとうま味たっぷりのワカメが敷かれていることには驚かずにはいられない。
しかし、魚が昆布で締められているからこそ、そしてバターのソースにも甘口の醤油や紫蘇の香りという和の要素が加えられているからこそ、どのパーツも悪目立ちすることなく完璧に調和した一皿の「UMAMIフレンチ」として完成していた。
そしてトマトやレモン、ケッパーにバターの乳のニュアンスが加わったソースには、スッキリとした中に華やかさを持つ夏純米がよく合っていた。
肉料理はプロヴァンス地方、シストロン産「仔羊のロースト」。ラタトゥイユを思わせる夏野菜とトマトソースにはピマンデスペレットの爽やかな辛みが加えられており、ポレンタにもマスカルポーネなど数種のチーズでうま味が足されていた。
この料理には明石の江井ヶ島酒造とのコラボレーションで生まれたFAR EAST OF PEAT FOURTH BATCH……のなんとお湯割り!食中でも楽しめるアルコール度数になるのはもちろん、温度が上がることでピート香が立ち上り、焼いた仔羊の香ばしさにガッチリとかみ合っていた。
1st Stageとはうって変わって夜景を見ながら食事の余韻とともに聴く2nd Stageに続くフィナーレは「ガトーフロマージュ」。クリームチーズのソルベと日本酒のエスプーマ、中のパンケーキにはエスプレッソとブルーベリーソースを染み込ませただけでなく、酒粕も。
これには7年以上の熟成を経たモルトウィスキーをキーモルトとしてブレンドした十年明sevenにハーブティーの氷を落として合わせた。
伝統的なフランス料理の下地の上に富山の伝統的な食材や調味料が見事に重なり合った唐澤シェフの「UMAMIフレンチ」。そしてそれに寄り添うように富山の日本酒やウィスキーを十二分に使いこなす松本マネージャーのサービス。
和食材と南仏料理をテーマにした今年のフランス レストランウィークの開幕に向けて期待が大いに高まる、Fête de la Musique by ARGOはそんなプロローグとなるイベントだった。
text:小林 乙彦(料理王国編集部)