国産サフランと言う言葉を聞いたことがあるだろうか。外国産のイメージが強いサフランだが、日本でも100年以上も前から栽培されてきた。国内生産量の8割を担う大分県竹田市のサフランは、1903年、吉良文平と言う人が球根を持ち帰ったことから始まった。やがて室内で花を咲かせるという独自の栽培方法を編み出し、これが現代にも脈々と続いている。
そもそもサフランが日本で栽培されたのは、漢方薬として使われてきたからだ。生薬としてのサフランは番紅花(ばんこうか)と呼ばれている。その効能には、うつ病の緩和や記憶学習の増強などがあり、アルツハイマー症状を改善するとして今また多くの注目を集めている。
サフラン農家を始めて8年目という「八世屋(はっせや)」の長谷川暢大(はせがわのぶひろ)さんは、とにかく研究熱心だ。
「サフランは魚と相性がいいことは分かっています。なので日本食には合わせやすいはずです。ただそれをどう料理に生かすのか、僕には分からない領域なんです」と語る。ヨーロッパでサフランを使う料理と言えば、フランスのブイヤベース、スペインのパエリアなど魚を使うものが代表的だ。
「いままで和食で使う機会がなかったのは、もちろん高価と言うこともあるけれど、それ以上に簡単にクチナシの実が手に入るからでしょうね。黄色い発色が欲しかったら和食ではクチナシが定番なんですよ」と話すのは笹岡さんだ。
「実際にクチナシに含まれるカロチノイド色素のクロシンは、サフランと全く同じなんです。コストパフォーマンスでいったらクチナシが圧倒的ですが、サフランにはクチナシにない香りや味わいがあるんですよ」という長谷川さんは、サフランが食材として日本の食とどう結びついていくのか、その未知の領域を知りたいと考えている。
「国産サフランは色が出にくいと料理人の方によく言われるので、自分なりにその理由を考えてみたんです。すると外国産の方が収穫してから時間がたっているんじゃないかと思い至ったんですよ」と長谷川さん。サフランは日光や空気に触れると成分の分解が進み、より色が出やすくなる。フレッシュな国産のサフランは、成分の分解が進んでいないので色が出にくいという。長谷川さんは、自身の研究や検証のために保存しているエイジングをかけたサフランを取り出した。
「密閉して熟成してみると、毎年同じではないことに気が付きました。2018年はすごく良い年で、強い芳香がします。比べてみると分かりますよ」とヴィンテージごとのサフランを見せる。
サフランは鮮やかな黄色の発色のほかに、その香りにも特徴がある。長谷川さんの 2018年産は、2019年産と比べると明らかに香りが違った。華やかでエキゾチックな香りを放っているが、「何の香りか?」と問われると表現は難しい。ヨードのような香り、チョコレートのような香りなど、受け取る人によっても表現は異なるという。
「先日はイベントで、サフランの香りをテイスティングしてもらったんです。その時に、香りにすぐ反応したのは海外の方でした」と長谷川さん。日本人にまだ馴染みが薄いサフランは、香りがあるという認識も乏しいというのだ。
発色と香りだけでなく、サフランは味にも特徴があることが分かってきた。漢方薬のようなほろ苦い味わいがあるのだが、その苦み成分であるピクロクロシンは加水分解されると芳香精油成分サフラノールを生じることが分かっている。そこで時間がたつと空気中の湿気に触れて、苦みが減り、香りが強くなっていく。
「僕はサフランの栽培に関しては特化していますが、料理について食のプロと話ができるようになったのは実は最近なんです。それまではただひたすら栽培するだけというか……。なので料理人の視点から聞いてもらえれば、味の際立たせ方、香りの引き立たせ方はご提示できます。そうなればもっともっと面白いものになっていくと確信しています」
最近になって食のプロとの交流が増えたことで、この未知の領域を探るとっかかりができてきたという。
笹岡さんも「今回初めて、サフランにはクチナシと違う香りや苦みがあることが分かったのは発見でした。料理人として伝えたいのは、このサフランらしい独特の香りですね。お料理をお出ししたときに、ああ、この香りがいいよねって言ってもらえたらやっぱりうれしい」と、食材としてのサフランに興味津々だ。
長谷川さんは年間約3kgを生産するという日本一のサフラン農家だ。その強みを生かし、国産サフランと日本の食を繋げる未来を模索している。
text:岡本ジュン photo:富貴塚悠太